ならず者国家・中国、アレコレ(12)

 

「権限委譲、好都合だった」

 しかしなぜ、コンプライアンス(法令順守)に厳しいはずの日本企業で、こんな不正が可能なのか。寧に毎月、キックバックを振り込むIT関連企業の中国人男性担当者張建新(36、仮名)との接触に成功した。彼は中国ビジネス社会の常識や裏側を、分かりやすく、丁寧に語り始めた。

 「中国でビジネスをするなら、何かしらの便宜やキックバックは欠かせません。何も無ければ、人は動かない。仕事は永遠にもらえない。ただ、それだけですよ」

 f:id:altairposeidon:20151130180511j:plain

中国ビジネスの裏側、実態について話をしてくれた張建新は、「できればキックバックなどはやりたくない」と語った
(9月、広東省

 張はそう言い切った。張が勤める中国企業は中国では中堅クラスのIT企業。取引先は、ほぼすべてが中国に進出する大手日系企業だ。張によると、取引がある100社の日系企業のうち、約90社の日系企業でこうしたキックバックの裏取引が「中国人同士の間で日常的に行われている」のだという。

 「今のキックバックの相場は5~10%」(張)。だが、「こんな中国ビジネスの常識ですら、日系企業の駐在員の日本人ビジネスマンは良く分かっていません」。張はそう言って話を続けた。「彼ら大手の日本企業のサラリーマンの中国駐在は、おおよそ4、5年と短く、複雑な中国人社会や中国ビジネスをよく理解しないまま、人事異動で日本へ帰国してしまいます」

 「それでいて日本企業は最近、一生懸命、現地化が大切だとか、中国人に権限を委譲すべきだとか、中国になじもうと努力はしてくれてはいるが、それは反面、中国人にとっては非常に都合の良いことだった」と張は話す。

 なぜなら、「中国人に権限を委譲してくれる分、キックバックなど裏取引はやりやすくなる」からだ。「ただ、仮にもし日本人社員が中国人社員の不正に気付いたとしても、日本人はおとなしいからなのか、中国人同士の面倒な事に巻き込まれたくないのか、大抵何も言ってこない」。張は少し苦々しい表情で、こう中国ビジネスの裏側を語った。

偽領収書で経費水増し

 寧が勤める日系大手自動車部品メーカーの場合も、状況は全く同じだ。IT管理部門で働く寧の上司の部長は、40代男性の日本人。中国駐在歴は約1年とまだ浅く、「中国の事情をあまり良く分かっていないまま、今も仕事を続けている」(張)といい、一見、真面目に見える部下の寧にも、全幅の信頼を寄せているのだという。

 そんな日本人上司の下で働ける寧が喜んでいるのは言うまでもない。「まさか裏でキックバックの取引が行われているとは、日本人の部長は全く思っていない」(同)のだ。

f:id:altairposeidon:20151130180614j:plain

 中国では、領収書を不正に販売する業者から、勧誘のFAXが毎日のように、各企業に大量に送りつけられてくる

 張は問題の核心、キックバックの費用をどう会計処理しているかについても語り始めた。

 「一般に中国の民間企業の場合、社員が、家族や友人と食事に行った時、会社名義で領収書をもらうなど、普段から会社全体で領収書をあちこちから集める工夫をしています。それでも、キックバックなどで客先に支払った金額に比べ、到底足りませんから、足りない金額分は、領収書を専門に売る業者のところにわざわざ買いに行って、帳尻を合わせるのです」。実際、中国には、領収書を不正に販売する業者が山ほどある。

車の中で、札束を

 「私は絶対に足跡が付かないように、銀行口座は使わず、キックバックは、いつも現金で相手に手渡ししています」

 中国内陸部の中核都市、湖北省武漢市。経済発展著しい同市内の中心部で、大手企業向けに通信関連のシステム工事を手掛ける企業のトップ、中国人男性の李金平(50、仮名はこう打ち明ける。この会社は電子部品や自動車関連メーカー向けに、各種のシステム工事を手掛けているが、やはり「取引先の中国企業はもちろん、大半の日本企業の取引先でも、当たり前のように中国人担当者からキックバックを求められ、裏取引を行っている」という。

 手口はいつも同じだ。 まずは商品を注文してくる先方の日系企業の中国人担当者から、李の会社に、システムの注文段階で合図が送られてくる。例えば「今回はプラス1で」といった具合だ。プラス1とは1万元(約20万円)のこと。プラス6なら6万元(約120万円)だ。それがつまりキックバックの要求金額になる。そのキックバック分の金額を、見積もり金額の中にうまく入れ込み、先方の会社に、正式な見積書として提出するのだ。

 そうして、商品を注文してくれる中国人担当者の“指示通り”に作った見積書を、提出しさえすれば、仕事は予定通りに落札、受注させてもらえる。その後、システム工事が無事完了した段階で、李はいよいよ工事を発注してくれた中国人担当者を、電話で食事に誘い出す。

 2人だけで食事を済ませた後、李が車で相手を自宅の目の前まで送り届けた段階で、誰も見ていない車の中で、資料に札束を入れた封筒をはさんで手渡すのが、李のいつものやり方だという。「相手は何も言わずに黙って受け取ってくれ、次の仕事のチャンスをまたくれる」。いつもがこの繰り返し。キックバックの相場はやはり、工事代金の5~10%だ。

タイミング良く席を立つ

 日本人がまったく蚊帳の外かというと、そうでもない。

 f:id:altairposeidon:20151130180645j:plain

日本人営業マンの高塚克彦は、「中国でキックバックを止めれば、仕事は他の会社に持っていかれるだけだ」と話す

 「もう、私は、中国ビジネスのやり方に、慣れ過ぎてしまいましたけど…」。そう話すのは、広東省広州市に拠点を持つ、ある日系大手の上場企業で営業マンを務める日本人男性の高塚克彦(44、仮名)だ。

 彼には、10年近い長年の中国駐在経験で身につけたちょっとした“技術”がある。中国に進出する日系メーカーを中心に営業をかける高塚の会社では、営業に強い中国人の営業マンと、技術に強い高塚のような日本人の営業マンが、ペアを組んで、客先に営業をかけるのが、社内ルールになっている。

 そんなスタイルで日々営業を重ね、客先の会社でようやく商談がまとまりかけると、日本人の高塚はきまって、携帯電話に電話がかかってきたフリをして、商談中、席を外すのだという。その理由は、「キックバックの相談を中国人同士で話ができる環境をつくってあげる」(高塚)こと。中国ビジネスではそれがマナーで、重要だと言うのだ。

 いくらキックバック慣れした中国人でも、引け目はあるのだろう。「日本人の前で、そういう話はしたくないのは、彼らのせめてものプライドなんです。だから私は、自然な形で席を立ち、中国人のプライドを傷つけないよう心がけている」という。

 もちろん高塚自身、日本人として、思いは複雑だ。取引先の日系企業に勤める若い中国人社員が、自分がもらう給料の何倍ものお金をキックバックで得て、数千万円のマンションを買い、高級車に乗る姿を幾度となく見てきたからだ。

 業種で見ると、広告業界、建設業界、自動車関連業界、IT業界、不動産業界など、扱う商品やサービスの金額規模が比較的大きかったり、商品の価格設定が分かりにくい業界で、やはりキックバックが横行し、腐敗の温床となっている場合が多い。

 しかし、高塚は「この中国のビジネスの世界で、顧客からのキックバックの要求を受け付けずに商売をやることは相当厳しい」と切実に打ち明ける。自らがやめても、やめない会社は中国には無数にあり、「それらの会社に仕事を持っていかれるだけ」だからだ。

(続く)