ならず者国家・中国、アレコレ!(29)

まず腐敗をなくすことから始めるべきだ

 201411月、上海の名門、復旦大学で開かれたピケティ氏の講演会で、こんなやり取りがあった。会場の参加者から「中国のこれからの発展に関して、習国家主席に何かアドバイスはありませんか」と質問を受けたピケティ氏はこう答えた。

 「企業や政府の間にはびこる汚職、そして腐敗が不透明な収入を増やし、一部の人に富が集中する要因となっているのは紛れもない事実です。その意味で、習政権が推進している反腐敗運動は、富の不平等な分配を確実に是正できる方法と思っています」

 「そもそも中国では、なぜここまで汚職が蔓延するのでしょうか。それは、個人の収入をきちんと管理する制度がないからです。賄賂を受け取っても長期にわたって誰にも気が付かれないので、通常ではあり得ない金額の蓄財に走る人もいます。だからこそ、反腐敗運動は格差是正に非常に効果があるのです」

 習政権の反腐敗運動に対しては、国際社会から批判の声も上がっている。重大な規律違反の疑いで逮捕された共産党幹部は既に100人を超えた。「腐敗を撲滅する」という大義を振りかざし、政敵を次々と葬り去ろうとする習政権の姿勢は、時に「強権的」とさえ映る。だが、ピケティ氏は格差を是正するには、まず腐敗をなくすことから始めるべきだと指摘する。

 中国では政府高官の巨額蓄財が度々明らかとなっている。真相はいまだやぶの中だが、温家宝前首相の一族が27億ドル(約3240億円)以上もの資産を蓄えていると米ニューヨーク・タイムズ紙が報じたこともある。腐敗はあらゆる階層に広がっている。地方政府の中堅幹部が高級腕時計を複数所有していることがばれて、失職に追い込まれる事件などは頻繁に起きている。

 こうした実態が肌身に染みているだけに、ピケティ氏の発言は中国国内で大きな話題を呼んだ。在日中国人ジャーナリスト、徐静波氏や中国メディア『陸家嘴』のインタビューなどに答えたピケティ氏は、中国特有の問題点をこう指摘している。

 「日本は経済成長の過程で格差が解消されていきましたが、中国は経済が発展すればするほど格差が広がっています。中国は社会主義の国であるはずなのに、大部分の資本が一握りの人に独占されています。このことを私は理解できない」

 「ただ、私は中国が毛沢東時代に戻って全ての人が平等になるべきだと言っているのではありません。むしろ、適度な格差は社会にとって有意義だと捉えています。なぜなら、それは人々の上昇志向やイノベーションを生み出す動機となるからです」

 歴史をさかのぼって実証分析を積み重ねる手法はピケティ氏の最大の持ち味だ。同氏が指摘する通り、個人の利益より国全体の利益が優先された毛沢東時代、中国は発展から取り残されていた。ところが、鄧小平が実権を握ってから経済が急成長した。格差を許容する「先富論を打ち出したからだ。

「中国には相続税がない」

 先富論は、先に豊かになれる地域、あるいはそうした力のある個人から豊かになることを推奨した。鄧小平の改革解放政策の根幹を成す考え方であり、平等の問題はいったん棚上げされた。発展に乗り遅れた地域や人はいずれ支援できると考えたからだ。

 まず選ばれたのが沿岸部だ。中国政府は深圳など沿岸部を中心に経済特区を設け、市場経済のためのモノとインフラ、そして外資導入のシステムを集中させた。狙い通り沿岸部から豊かになり始め、富裕層が次々と生まれていった。

 ところが沿岸部と内陸部都市部と農村部の所得格差は急速に広がってしまった。鄧小平以降の江沢民および胡錦濤政権は「西部大開発」という目標を掲げ、内陸部も発展させようと試みた。ただ、抜本的な解決には至っていない。

 2012年の中国統計年鑑によると、都市と農村部1人当たり所得格差1980年に2.5倍だったが、2011年には3.1へと拡大している。また、1人当たりのGDP国内総生産)は最も高い天津市と最も低い貴州省の差は5だ。沿岸部と内陸部の経済格差はいまだ解消されてはいない。

 

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中国主要地域の1人当たりGDP。先に豊かになった沿岸部内陸部との格差は5(出所:「中国統計年鑑2012年版」)

 ではどうすればいいのか。格差が度を超えてしまうと社会階層を固定化させる要因になってしまうため、政策で強制的に格差を是正する必要があるとピケティ氏は説く。

 「問題の本質は、資本の分配のされ方、そして税制の問題にあります。中国は急速な経済発展を遂げて、一握りの人がお金持ちになりました。それ自体は途上国の発展段階として自然な現象です。しかし、中国政府は富裕層が資本を独占することを規制し、低所得者層にも富がきちんと分配される仕組みを導入できていません

 「例えば、中国の富豪ランキングに載るようなお金持ちがこの1年間に納めた所得税は、一般的なホワイトカラー1人が納めた所得税とそれほど変わりません。これではお金持ちはますます富み、貧しい人はますます苦しむ。これが非常に大きな問題なのです

 ピケティ氏が推奨する仕組みは富裕層への課税強化だ。格差を解消するための処方箋として『21世紀の資本』の中でも繰り返し述べられていることだ。
(続く)