ならず者国家・中国、アレコレ!(59)

(スタジオ)
実は、8年前に国民党の馬英九政権発足当時、台湾の人々が強く期待したのは、中国との経済関係の発展でした。当時、西側の多くの国々が中国との経済交流を加速させ、その高度成長の恩恵を受けていました。そうした中、中国と対立していた民進党政権の下では、台湾が、経済面で取り残されるという危機感もあったのです。そこで中国との関係改善に前向きだった国民党政権への期待が高まったといえます。

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確かに、国民党政権の下で、中国との経済交流は活発化しました。大勢の観光客が来るようになり、貿易を加速するFTAのような枠組みもできました。ところが、最近は中国経済減速の影響もあって、台湾経済はむしろ不振になりつつあります。しかも、得をしたのは一部の富裕層で、かえって格差が拡大したと、不満を抱く人が増えたと言います。

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もうひとつ中国への警戒感を強める役割を果たしたのが、イギリスから中国に返還された香港の変化です。近年、香港では多くの人々が、トップの行政長官選びに完全に民主的な選挙を導入するように訴えましたが、結局、力で封じ込められました。中国の影響力が増す中、香港に保障された言論の自由もどんどん怪しくなってきたのです。特に、去年十月以来、中国共産党を批判する本を販売していた香港の書店の関係者が5人も次々と失踪する事件が起こりました。こうした香港の現実に直面し、台湾の人たちも一層不安を募らせたに違いありません。

(スタジオ)
いま台湾の人たちが胸を張って誇れるのは、自由と民主主義が保証されていることです。でももし、台湾が中国に呑み込まれたらどうなるのか、香港の二の舞になるのではないか。
そのような中国に対する不安や不信感も民進党の支持拡大につながったと思います。

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総統選挙が始まる直前の去年11月、習近平国家主席馬英九総統は、初の中台首脳会談を開きました。そこで改めて確認されたのが、「92コンセンサスです」。「92コンセンサス」とは、24年前の1992年、中国と台湾の窓口機関同士が会談し、中国と台湾は「一つの中国」に属するという考えで一致したとされることを言います。ただ、それを再確認した上で、関係の安定と発展で合意した去年の中台首脳会談は、どうやら与党国民党にとっては逆風になったようです。国民党政権が中国寄りの政策をどんどん進めることに、台湾の多くの人たちは危機感を抱き、それが民進党への支持をさらに拡大させたと見られるのです。

(スタジオ)
では、今後、民進党による強い政権が誕生するとどうなるのでしょうか。ここからは、今後の中台関係やわが国日本、そしてアメリカとの関係について考えてみたいと思います。まず、中国との関係です。

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台湾の統一をめざす中国は、「92コンセンサス」を、台湾との交流の前提として掲げています。その意味では、本来は、「92コンセンサス」を前提に、関係発展を図ろうとする国民党の朱立倫さんの当選を望んでいたと考えられます。一方、蔡英文さんに対してはどうでしょう。民進党は、台湾独立志向が強いとされる上、「92コンセンサス」を認めない立場をとってきたことから、蔡英文さんは手ごわい厄介な相手と見られていたと思われます。

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このため、中国政府は総統選挙の後、ただちに声明を発表し、台湾の選挙結果によって中国の方針が変わることが無いことを強調しました。つまり、「92コンセンサス」で確認された「一つの中国」の立場を堅持し、台湾独立に断固反対するという原則的な立場を改めて表明したのです。

(スタジオ)
そこで一番気になることは、やはり、今後、「92コンセンサス」を巡って、中国と台湾の対立が今後一気に深まるのかどうかという問題です。私は、総統選挙に勝利した蔡英文主席が記者会見で述べた次の言葉に注目しています。

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それは今後の中国との関係について、「これまでの協議・交流の成果も基礎にする」と表明したことです。それは、「92コンセンサス」には直接触れないものの、それらも基礎にすることに含みを残した表現といえ、中国側に発したシグナルとも見ることができるでしょう。

(スタジオ)
もちろん中国側が、そのシグナルをどう受け止めるかはなお慎重に見極める必要があるでしょう。ただ、国民党が大幅に力を失い、民進党が圧勝した今回の歴史的な転換を、現実的には受け入れざるを得ないのではないでしょうか。その意味では、原則論でぶつかりあい、対立が一層深刻化するおそれはさほど大きくなくなったようにも思えます。

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私がもう一つ注目するのは、今後の台湾と、日本やアメリカとの関係です。
蔡英文さんは、選挙前に日本やアメリカを訪れ、関係の緊密化に意欲をのぞかせました。
自由と民主主義という共通の価値観の下で、外交関係はなくても、互いの相互理解はさらに増すのではないでしょうか。蔡英文さんは当選後の会見で、日本と、経済、安全保障、文化などの面での関係強化をすることに言及しました。ただ、台湾が日米に接近すれば、逆に中国との関係が遠のく可能性も考えられます。台湾の政権交代は、日米と中国の間の構図にも新たな影響を及ぼす要因になりうるかもしれません。

(スタジオ)
いずれにしましても、台湾の人々が一番望んでいるのは、中国と、平和で安定した関係を保つという、現状維持はないでしょうか。今回の総統選挙で、蔡英文さんが強く訴えたのも現状維持政策でした。蔡英文さんが実際に総統になるのは今年5月。これから総統として台湾を率いることになる蔡英文さんに課せられた最大の課題は、政権交代による「変革」と「現状維持」とをいかに両立させるかという難題へのチャレンジではないでしょうか。その手腕に期待したいと思います。

(加藤 青延 解説委員)

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/235970.html

(続く)