ならず者国家・中国、アレコレ!(66)

 

「無事の連絡」は身柄拘束の証左

 事件の経過を振り返える。

 最初に行方がわからなくなった桂民海スウェーデンでドイツ在住。1964年寧波生まれの満族で、1985年に北京大学歴史系を卒業した秀才。本人も詩作などを楽しむ文人という。タイ・パタヤにリゾートマンションをもっており、そこに滞在中、何者かに拉致されたもようだ。マンションの監視カメラに不審な男性が映っているという。BBCの取材によれば、行方不明になった後、友人を名乗る4人の中国人がマンションの管理部門を訪れ、桂民海の自宅に入れるよう許可を求め、自宅のパソコンを持ち去ったという。このとき4人は「桂民海はカンボジアで友人とギャンブルをしている」と説明したという。これとほぼ平行して、本人から管理部門に電話連絡があり、「心配する必要はない」「友人と一緒にパソコンをいじっている」と話していたとか。これは明らかに、桂民海が何者かに身柄を拘束されているということの証左といえる。

 2番目に失踪した林栄基はすでに還暦を迎えた香港人1023日に最後にパソコンにアクセスしたのち、行方不明になった。香港にいるのか、深圳にいるのか分からないまま、林栄基の妻は115日に警察に夫の行方不明を届けたところ、その数時間後に本人から妻に電話があり「失踪ではないから、警察への失踪人捜査を取り下げるように」と言ったという。出入境当局は最後まで、彼の出入記録の照会に応じなかった。

 116日に一部海外メディアで銅鑼湾書店関係者4人の失踪が報じられてのち、やはり林栄基本人からそのメディアに対して「私は無事だ。しばらくしたら帰るから、心配しないでほしい」という電話がかかってきたという。同じ頃、ドイツの桂民海の妻に桂民海から同じ内容の電話がかかって来た。

 一方銅鑼湾書店の書店員の張志平は妻が東莞に暮らす中国人で、ちょうど東莞の妻の家にいるとき、十数人の男が突然現れて連行したという。その後、本人から家族に電話があり「大丈夫だ」と連絡があった。呂波銅鑼湾書店の株主の一人だが、やはり妻が深圳住まいの中国人で、妻の家にいるところを連行されたという。この連行状況から考えても、林栄基も桂民海も中国当局に身柄を押さえられ、いま中国国内にいることはほぼ間違いないと思われている。

英国籍の李波を香港内から“内地”へ

 最後に失踪した李波11月の段階で、林栄基ら関係者4人の失踪にずいぶん怯えていた。だが、彼も1230日を境にふっつりと消息を絶った。31日に銅鑼湾書店の株主でもある妻が、香港警察に失踪届を出したが、年明けに李波直筆のファクスが会社に届き、「急いで処理せねばならない問題があり、世間に知られないように内地に戻って、調査に協力している。しばらく時間がかかる。…失踪捜査届を取り下げるように妻に伝えてほしい」という伝言があった。

 李波英国籍保持者だ。大陸に行くためのビザ替わりでもある「回郷証」は自宅に置いたままの失踪だった。となると、彼はどうやって大陸に入境できたのか。本人の同意あるなしにかかわらず、香港という一国二制度の建前がある地域で、堂々と外国人を中国の都合で大陸に移送したとしたら、これは中国がいまや北朝鮮並みの無法国家になりさがったということではないか。

 2013年から香港の出版界弾圧は始まっていたが、それでも、出版関係者が深圳に入ったタイミングで逮捕するという最低限のルールは守られていた。タイのような外国で、外国籍華人を拉致するのもひどい話だが、香港という一国二制度による自治を中国自身が約束している地域で、香港の司法を完全無視して外国籍を持つ人間が拉致、連行されてしまうなど、許されていいわけがない。

 2014年秋、香港の若者が雨傘革命で公道を占拠しながら真の普通選挙要求運動を行っていたとき、日本の少年漫画「進撃の巨人」に香港の状況をなぞって語っていたことを思い出した。

香港の「最後の壁」が壊されかけている

 香港人3つの壁からなる一国二制度に守られて“香港の繁栄”を享受していた。一番外側にあるのが自由主義経済の壁。真ん中にあるのが民主・言論の自由の壁。最後の砦が司法の独立の壁。一番外側の壁はすでに破られていた。雨傘革命は真ん中の壁が破られそうになって、あるいは破られ始めて、それを必死に食い止めようと戦っているのだ、と言っていた。あれから1年あまり、今、司法の壁が巨人に壊されかけている。

 さすが英国政府も英国籍保持者の李波の安全確認を香港政府と中国政府に求め、訪中していた英ハモンド外相王毅外相との会談で持ち出したようだが、王毅外相は李波について「この男は中国公民であり、根拠のない推測をすべきではない」と反論している。この5人の失踪が中国当局による拉致であるというのが、本当に根拠のない推測であったならどれほどよいか。

 香港では10日、この事件に対し、5人の即時釈放を訴えて数千人規模の抗議デモが起きている。だが、李波の妻は、夫の安全を懸念して、個人的理由で内地にいったので、抗議デモに参加しないでくれと懇願していた。もはや香港人だけでは香港を守りきれなくなってきている。ここで、国際社会が何もアクションを起こさなければ、香港の一国二制度は完全に失われてしまうだろう。

 このまま、香港が食われてしまうのを、私たちは黙ってみていていいのだろうか。

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中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス

 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。
 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。
 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/011100027/?P=1

 

 

これら銅鑼湾書店の関係者5人がどのようにして、中国政府によって拉致されていったのか、この福島香織氏の論考からまとめてみよう。

(続く)