敗れざる「ミスター6極」
6極体制が効果を発揮することを示した松本宜之氏
松本氏の経歴は華麗だ。開発責任者を務めた初代「フィット」は、小型車市場でホンダの地位を確固たるものにした。伊東社長が掲げた600万台の販売計画も、フィットを中心とした小型車で新興国市場を含め一気に数を稼ぐことを前提としたものだ。
松本氏は2013年4月、開発・生産のアジア統括責任者としてインドに赴任した。インドは二輪こそ高いシェアを誇るが、ホンダの四輪事業にとっては不毛の地。世界で最もコスト競争が激しく、日本で開発したクルマを持って行くだけでは到底戦えない。いかに現地ユーザーの需要を満たし、かつ安く作ることが求められる。6極体制の真価が問われる市場だ。
インドに赴任後、「あっという間に開発」という合言葉で開発スピードの高速化を宣言。現地のローカル部品メーカーなどを巻き込み、2014年7月に発売した小型3列シート車「モビリオ」では、価格を約60万ルピー(約125万円)からとして現地の関係者を驚かせた。インドで圧倒的シェアを誇るマルチスズキの競合車種とほぼ同程度の価格帯を実現したからだ。
インドとタイの開発拠点が共同で開発したインド向け小型セダン「アメイズ」に続き、フィットをベースとした「シティ」や「モビリオ」などを次々にヒットさせたことで、ホンダはインドでのシェアを倍増させた。
ホンダはインドネシアでも「モビリオ」を投入し、その効果もあって2014年のシェアはこちらも13%へとほぼ倍増した。世界6極がそれぞれ自立すると伊東社長が思い描いた構想は、インドやASEAN(東南アジア諸国連合)では実を結び始めている。松本氏はその実績を引っさげ、新体制の中核を担う存在となる。
「需要地生産」を更に進化
今期、6極体制の確立を急いだマイナス面は、生産部門でも露呈した。品質問題で国内販売が不振に陥り、狭山工場などで生産調整のため操業停止日を増やすなどの対応をとらざるを得なくなったのだ。
ここ数年、自動車メーカーの業績に最もインパクトを及ぼす要因は「為替変動」だった。その根本的な解決策は「需要地生産」だ。ホンダは日系メーカーの中で最も需要地生産を進めた、為替対策の優等生だった。
だが、需要地生産を進めるあまり、柔軟性に欠けてしまった面は否めない。日本で需要が減少しても、柔軟に輸出に振り向けられるグローバルな相互補完体制を作っていれば、業績へのインパクトは相当薄らいだはず。折しも円安が進行したタイミングだった。
「理想は状況に応じて1~2割を柔軟に輸出に振り向けられる体制だったが、超円高対策に追われて十分でなかった」と現在、生産を統括する専務の山本卓志氏(今年6月に取締役を退任予定)は説明する。
ホンダの新生産体制構築を担う山根庸史(ようし)氏 ホンダ山根庸史p5
柔軟性を持つ新たな生産体制の構築を託されたのが、常務の山根庸史氏だ(6月以降は専務)。新たに生産部門の責任者となる。経験は二輪、四輪、中国、日本など担当してきた領域は幅広いが、ほぼ一貫して生産分野を担当してきたスペシャリストだ。
ホンダは現在、国内の各工場の稼働率を維持するために、車種を相互に融通している。例えばフィットはどの工場でも生産できるため、寄居工場から狭山工場に一定数を移管している。こうした相互補完をよりグローバルに加速させるのが、山根氏の使命となる。
強烈な個性をまとめあげられるか
拡大路線をとってきたホンダのひずみは、品質問題を契機に同時多発的に噴出した。社長の大号令だけで解決する問題ではなく、本質の部分から改革する必要がある。
ホンダが重要部門に、それぞれの部門を知り尽くしたエキスパートを配置した理由がここにある。彼らが抜本的にホンダを「作り直す」改革の過程では、当然のことながら様々な軋轢も出てくるはずだ。
だからこそ、キーパーソンたちの能力を最大限に引き出しまとめ上げる能力が、新たなホンダのトップには求められる。「調整型」の八郷氏がホンダの次期社長となった意味は、そこにあるはずだ。
■変更履歴
1ページ目で「抱負」としていましたが,豊富の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2015/03/16 19:40]
こんなホンダは要らない 抜け出せ「ミニトヨタ」
相次ぐリコールに、タカタ製エアバッグの品質問題。自動車各社が好業績を謳歌する中、ホンダは業績下方修正に追い込まれた。2009年に就任した伊東孝紳社長は拡大戦略を突き進み、その過程で急成長のゆがみが露呈した。品質問題は氷山の一角にすぎない。真の問題は、消費者を驚かせるような斬新な商品や技術が出てこなくなったことだ。このままでは「こんなホンダは要らない」と消費者にそっぽを向かれてしまう。今年(2015年)6月にバトンを引き継ぐ八郷隆弘・次期社長は、集団指導体制で再起を図る。同質化から抜け出そうとするホンダの苦闘に迫った。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150313/278662/?P=1
この論考では3人のホンダの中心となる役員が登場しているが、本田技研工業株式会社の役員構成は、ざっと次の通りのようだ。(http://www.honda.co.jp/investors/library/annual_report/2015/honda2015ar-P21-P23.pdf
http://www.honda.co.jp/news/2015/c150223b.html などによる。)
1. 代表取締役会長 池 史彦
4. 取締役(専務執行役員) 福尾 幸一((株)本田技術研究所取締役社長)
5. 取締役(専務執行役員) 松本 宜之(四輪事業本部長・同品質改革担当)
6. 取締役(専務執行役員)山根 庸史(生産担当、四輪・欧州、生産責任者)
7. 取締役 (常務執行役員) 吉田 正弘(管理本部長)
8. 取締役 (常務執行役員) 竹内 弘平(事業管理本部長)
9. 取締役(社外取締役) 2名
10. 取締役相談役 伊藤 孝紳(前社長)
11. 取締役 (執行役員) 3人
14. 専務執行役員 全6人(うち3人は取締役・上述、他3人は日本・北米・欧州本部長)
15. 常務執行役員 全8人(うち2人は取締役・上述)
16. 執行役員 全15人(うち3人は取締役・上述)
これが2015.6月付のホンダの取締役人事の概要であるが、このとき伊藤から八郷へ社長職がバトンタッチされている。
なお八郷隆弘は2015.4.1付けで常務執行役員から専務執行役員へ昇格し、そしてすぐに6月付けで代表取締役社長へ昇格したことになる。
(続く)