続・次世代エコカー・本命は?(88)

 自動運転プロジェクトに関わった関係者らによると、社長をどう説得するかについて頭をひねらせたという。豊田氏はロボット運転に対する不信感を包み隠さなかったからだ。

 豊田氏は2014年、ドイツのニュルブルクリンクにあるサーキットコースで人間の運転する車を打ち負かすまでは、自動運転機能を備えた車を信用しないだろうと述べていた。同氏はそこで開催される24時間耐久レースに何度も参加している。

 社長自らが方針転換を明確にした今、トヨタは次々とイニシアチブを打ち出している。10億ドル以上を投資して米シリコンバレーから優秀な人材を採用すると発表したほか、2020年までに高速道路を自動で運転する車を生産し、人工知能AIロボット工学によって切り開かれた別のビジネス機会にも目を向ける計画を示している。

豊田氏はインタビューで、「自動車以外のビジネスに対しても出口はあると、期待を込めている」と述べた。

 グーグルで自動運転プロジェクトを率いていたセバスチャン・スラン氏は、トヨタの大規模投資が競合各社に同様の動きを促す可能性があると指摘。「これは他社の(自動運転車に対する)コミットメントを上回っている」とした上で、「今、あらゆる自動車メーカーの最高経営責任者CEO)がそれについて語り、自動運転車に関する計画を立てる必要に迫られている。それがビジネス上の並外れた破壊力を持っているからだ」と述べた。スラン氏は現在、オンライン大学のユーダシティを率いている。

トヨタの危機 

 豊田社長の下でのトヨタ試練の連続だった。同氏の社長就任は世界的な景気後退の真っただ中で、トヨタが数十年ぶりの通年の赤字を発表した直後の2009のことだった。一部の車が意図せずに急加速したという訴えを受けてリコール(回収・無償修理)を実施し、罰金と和解金として20億ドル以上を支払ってきた。その後、米当局はトヨタのソフトウエアに欠陥がなかったと指摘した。そして2011年には東日本大震災が発生し、生産ラインが一時停止に追い込まれた。 

 トヨタの現旧幹部らによると、リコールを含むこうした危機の時代を経たことで同社は法的責任に一段と神経質になり、自動運転車の積極的な開発に飛び込みにくい要因となった。

 一方、グーグル2009に独自の自動運転車プロジェクトを開始。スラン氏は「私たちは非主流派だったし、誰も真剣に捉えないと思っていた」と当時を振り返った。

チャートは左から世界自動車販売台数(トヨタ=青、フォルクスワーゲン=黄、GM=グレー)、トヨタの年間売上高の推移、トヨタの株価推移 ENLARGE トヨタ販売台数P1-BW036_TOYOTA_9U_20160112175110

チャートは左から世界自動車販売台数(トヨタ=青、フォルクスワーゲン=黄、GM=グレー)、トヨタの年間売上高の推移、トヨタの株価推移


 世間の注目が高まったのは、カリフォルニア州ネバダ州が2012に一部の自動運転車の公道実験を許可してからだ。当時トヨタの役員だった伊原保守氏など複数の関係者によると、グーグルが自動車制御での協力をトヨタに持ちかけたのは、その年(2012)の春だった。豊田氏はこの話を知らなかったと述べた。

 豊富なソフトウエア技術を持つグーグルは、加速やブレーキ、方向転換など、トヨタの持つ自動車の物理的な動きを制御するノウハウを欲していたという。グーグルはコメントの求めに応じなかった。

 グーグル本社を訪ねて試作車にも乗ったという伊原氏は「(グーグルが)なぜこれほど早くできたのかと思った」と話した。同氏は現在、アイシン精機の社長を務めている。

 日本では、トヨタのエンジニアと幹部がグーグルとの提携について議論していた。関係者によると、最終的にトヨタはこれを断ったが、その理由は情報を共有することへの不安があったほか、自動車がグーグルの基本ソフト(OS)向けの単なるハードウエアになってしまうのを懸念したためだ。

 その頃、自動車メーカーや部品大手が自動運転技術に言及する機会が増えるようになった。米ラスベガスで開催される家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」http://jp.wsj.com/articles/SB12561825795443623923804581461072228754198は自動車メーカーの技術が披露される場となり、まずは自動車の「コネクティビティー(通信)」、そして自動運転車が発表された。

 一方でトヨタは、研究予算の一部を使い、技術者の一部で新たな運転技術の開発を目指していた。静岡県の東富士研究所では、エンジニアらは自動で駐車する技術に取り組んでいた。同社のエンジニアの鯉渕健氏は、何らかの自動運転機能が搭載された車を公道で走らせるということが当時では考えにくかったため、あえて会社の敷地外に試作車を持ち出さなかったと話した。

 トヨタ2012年ごろに、この技術をミシガン州の公道で実験し始めたと、関係者は話した。ただ、同社のエンジニアたちは豊田氏の情熱が別の方向に向かっているのを知っており、自動運転に対する会社の態度が明確にならない中で努力を重ねてきたという。

 豊田氏はしばしば、スマホに傾注する若者に運転への情熱を促したいと話していた。車に運転手がなければ、「Fun to Drive」というトヨタのキャッチコピーは意味を成さなくなる。

 当時トヨタ米国法人の幹部であったマーク・テンプリン氏は2013年のCESで、「私たちのビジョンにあるのは必ずしも自動で運転する車ではなく、安全運転に貢献するスキルを持つ、知性的で常に注意を払ってくれる運転補助(機能)を搭載した車なのだ」と語った。同氏はCES自律走行機能を搭載した安全研究車「AARVを公開した。

 20141トヨタは派手な宣伝もなく、鯉渕氏を筆頭にした自動運転車の専門チームを立ち上げた。

トヨタ(左)とグーグルが開発した自動運転車の比較:グーグルの試作車には「LIDAR(レーザー光線を使ったレーダー)」が装着されているが、トヨタの車には前方に信号などの色を識別できるカメラが付いている ENLARGE トヨタ自動運転車P1-BW038_TOYOTA_9U_20160112171510



トヨタ(左)とグーグルが開発した自動運転車の比較:グーグルの試作車には「LIDAR(レーザー光線を使ったレーダー)」が装着されているが、トヨタの車には前方に信号などの色を識別できるカメラが付いている

 しかし、チーム名には「自動運転」という言葉は入らなかった。「自動運転」が「無人運転」と同一視されることへの抵抗が社内であり、また会社のキャッチコピーに反するように捉えられたくなかったためだと関係者は述べた。トヨタは鯉渕氏のチームを「BR(ビジネス・リフォーム)高度知能化運転支援開発室https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/leaping_forward_as_a_global_corporation/chapter3/section3/item3.htmlと呼んだ。

 グーグルは20145月、自動運転車の新たな試作車を公開したhttp://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702304817704579589231744867004カリフォルニア州の公道でこの試作車を目撃する機会が増え、同社は現実世界で自動運転車を走らせる経験を積み重ねていた。

 その頃、鯉渕氏はトヨタ本社で約20人の役員を前に自分の意見を述べる機会を得た。そこに豊田氏はいなかった。鯉渕氏は役員らに対し、トヨタが直面する挑戦はこれまでに経験したことのないものだと話したという。自動運転車を走らせるには高度な地図AI画像認識技術が必要になる。

 トヨタはブレーキやハンドル、バックミラーなどを生産する巨大なネットワークを持っているが、鯉渕氏はこうした伝統的なサプライヤーだけでは十分でなくなるだろうと幹部らに説明。同氏は「IT業界が入ってきているし、必ずしも従来の自動車メーカーが得意としない(競争環境の)領域に入っているので戦い方が違うことを、役員に理解してもらえた」と述べた。その後、チームの人員と予算は増えたという。

 トヨタの外では、自動運転車に関する話題が盛り上がりを見せていた。日産自動車カルロス・ゴーンCEO20147市街地の交差点も走れる自動運転車を2020年までに導入する計画を明かした。高級車「メルセデス・ベンツ」で知られるダイムラー20151車内が会議室のような自動運転機能を搭載したコンセプトカーを披露した。
(続く)