邪馬台国とはなんぞや?(69)

さて朝鮮半島に、日本の前方後円墳がたくさんあることをご存知だろうか。

 

A別冊宝島2283 B先の書の281に、朝鮮半島に存在している前方後円墳の位置を示した地図が載せられている。

 

それによると、

 

栄山江(よんさんがん)付近

-半島の西北の角の辺り、木浦・光州あたり、昔の任那百済地区14基前方後円墳(A)

 

固城(こじょん)・馬山(まさん)・大邱(てぐ)地区

-半島南部中央部の東側、昔の狗邪韓国~伽耶新羅地区9基前方後円墳(B)

 

ソウル地区百済の支配地区、2基前方後円墳(B)

 

といった塩梅だ。このように、朝鮮半島には相当数の前方後円墳が存在している。

 

 

別冊宝島22832015.2.13第一刷り発行の「日朝古代史・嘘の起源(監修室谷克実氏)」の70頁には、前方後円墳をブルドーザーで改造して円墳を三つ作り、三基の古墳として論文を発表した朝鮮人の大学教授の話が載っているので、少しそれを紹介しよう。

 

その前方後円墳は、慶尚南道の沿岸部の固城にある「松鶴洞古墳」である。

 

この古墳は、戦前の1914年に、日本人考古学者の鳥居龍蔵氏による調査で、その存在は知られていた。

 

その後1983年に韓国・嶺南大学校の教授の姜仁求(かんいんぐ)氏による精密な外形測量調査が行われ、「韓国の前方後円墳」なる題名で論文が発表された。

 

そのため、この頃から、「前方後円墳の発祥地は韓国で、倭国へ伝えられた」と、大々的に宣伝され、その後発掘された埴輪などは博物館などにも練列された。

 

その後の発掘調査で、この「松鶴洞古墳」は「5世紀後半から6世紀後半」に作られたものであることが判り、日本の前方後円墳3世紀後半頃から作られ始めた「日本固有の墓制」であり、「日本の前方後円墳朝鮮半島に伝わった」ものであることが明らかにされたのである。

 

即ち古代において、日本の勢力が朝鮮半島に及んでいたことを示す証拠となったものであった。

 

尤も3世紀の倭国(日本)は、朝鮮半島の南部に「狗邪韓国」という日本の領土を持っていたことから、こんなこと(前方後円墳は日本由来のもの)は当たり前のことであった。

 

そのため、いつの間にか、博物館に練列されていた発掘された埴輪なども、撤去されてしまった、という。

 

朝鮮人としては、さぞかし悔しかったことであろう。まあ悔しがることなんぞではなく、当然の帰結なのであるが。

 

5世紀後半の朝鮮半島の地図を載せる。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%8F%A5%E9%BA%97 より

 

 

上図の四角の範囲が栄山江(よんさんがん)付近で、矢印の先が固城(こじょん)である。

 

百済の南部一体が栄山江(よんさんがん)付近で、加耶の沿岸部が固城(こじょん)であり、新羅の北部に大邱(てぐ)がある。この地区一帯に日本固有の墓制である前方後円墳が、存在しているのである。

 

此の朝鮮半島南端の百済加耶新羅の三国に渡って、日本の前方後円墳20基以上も存在していると言う事は、朝鮮半島南部は明らかに日本が支配していた地域てあったことの証明となろう。

 

既に我々は勉強しているので、魏志倭人伝の次の文章は知っている。

 

 

郡従()り倭に到る。海岸を循(めぐ)りて水行し、韓国を歴()て乍(ある)いは南し乍いは東し、其北岸、狗邪韓國に到ること七千余里

 

半島南部はいわゆる韓国のものではなくて、其北岸 と言っている様に日本国の北岸で倭国(日本)の領土である狗邪韓国であった。ここが韓国のものであれば、其南岸 となる筈である。

 

 

魏志韓伝にも同じことが記載されています。

 

 

一、魏志韓伝(馬韓
 できるだけ原文に近い文字を使用するよう心がけていますが、フォントの関係で不可能なものもあります。百衲本を使用します。

韓在帯方之南 東西以海為限南與倭接 方可四千里有 三種一曰馬韓二曰辰韓三曰弁韓 辰韓者古之辰國也
「韓は帯方郡の南にある。東西は海をもって限りとなし、南は倭と接す。およそ四千里四方。三種あり、一は馬韓と言い、二は辰韓と言い、三は弁韓と言う。辰韓はいにしえの辰国である。」

 韓の東西は海ですが、南に海はなかった。倭と接すですから、朝鮮半島南端に倭が存在したことになります。帯方郡の南に韓があるという記述は、次の倭人伝の「従郡至倭循海岸水行歴韓国(帯方郡より倭に至るには海岸に沿って水行し韓国をすぎる)」という記述にも影響し、水行の方向を記していません。韓は南にあることが明らかなので、記す必要がないわけです。

http://www.eonet.ne.jp/~temb/16/gisi_kanden/gisi_kanden.htm

(続く)