続・うつけ者・文在寅、滅びよ韓国(119)

だから、神戸市で予定されていた津田大介のシンポジウムも中止となっている。当然であろう。愛知県よりも理性がある。

 

 

 

津田大介氏登壇のシンポジウム中止決定 神戸市

2019.8.9 20:11 ライフ くらし

慰安婦少女像の展示中止 
記者会見する「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏=3日、名古屋市

 

 愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止された問題で、神戸市などは9日、トリエンナーレの芸術監督、津田大介氏を招き18日に開催予定だったシンポジウムを中止することを決めた。開催をめぐっては市などに約100件の抗議が寄せられていたという。

 

 シンポは今秋に兵庫県立美術館で開催される芸術祭の一環で、市などが主催。津田氏は「アートは異物を受け入れるのか」をテーマに登壇予定だった。

 

 愛知での展示中止以降、市や実行委員会事務局に「物議を醸した作品がくるのか」「神戸の評判が落ちる」といった抗議の電話やメールが相次いだという。

 

 実行委関係者は「芸術館の今後のあり方について意見を交わす趣旨だった」としながらも「今の情勢では開催は厳しい」と判断。シンポの他の出演者にも意見を聞いた上で中止を決定した。

 

 愛知の企画展は「平和の少女像」(慰安婦像)など国内の美術館やイベントで近年、撤去や公開中止となった作品を集めており、開幕3日で中止となった。

 

https://www.sankei.com/life/news/190809/lif1908090040-n1.html

 

 

 

次の「メルガマ 週刊正論」を読めば、この企画展が表現の自由を騙った反日展示であると言う事がよくわかる。

 

 

 

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メルマガ「週刊正論」    令和元年8月5日号    2019/08/05 11:31
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【タブー破った慰安婦像、「表現の不自由展」がとにかくヤバかった! 大阪正論調査室・白岩賢太】

反日の象徴か、それとも表現の自由か。慰安婦像をモチーフにした少女像の展示などをめぐって抗議が殺到し、8月1日に開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止が決まった。会期は10月14日までの75日間の予定だったが、わずか3日で幕を下ろした。わが国の公立美術館としては初めてという慰安婦像の展示。今も論争渦巻くトンデモ展示会の全貌をリポートする。

報道の自由は徹底制限◇

 くしくも同展の最終日となった8月3日、会場の愛知芸術文化センター名古屋市東区)を訪れた。開館時間に合わせて同センター12階のプレスセンターで取材申請すると、スタッフの男性からやにわに1枚の紙を手渡された。「取材に際してのお願い」と書かれた文書には、「表現の不自由展・その後」の取材に際し、展示室内へのカメラの持ち込みと来場者へのインタビューを禁止する旨の内容が書かれてあった。
 「なぜダメなのか」と問い返してみたが、スタッフは「各社ともそれは了承してもらってます」の一点張り。表現の自由を問う展示会をうたうくせに、報道の自由は徹底して制限する。何とも腑に落ちない対応だったが、ここで揉めて時間を食っても仕方がないと思い、申請書に自分の名前や社名などを書き込んで取材パスをもらった。
 物議を醸した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」は、国内最大規模の芸術祭として3年に1度、現代美術や舞台芸術など国内外から90組以上の作家が参加し、名古屋市と同県豊田市の各所が会場となり、美術館だけでなく商店街などでも作品がみられるイベントとなっている。文化庁の補助事業でもあり、菅義偉官房長官が2日の記者会見で補助金交付を慎重に判断する考えを示したことは記憶に新しい。
 今回で4回目となる芸術祭のテーマは「情の時代」。芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介が考案した。「いま人類が直面している問題の原因は『情』にあるが、それを打ち破ることができるのもまた『情』なのだ」という意味が込められているらしい。
 そもそも、ジャーナリストが芸術監督を務めるイベントで報道の自由が制限されること自体がおかしい。日頃、報道の自由を声高にうたう彼らの主張とは真逆の対応に首をかしげつつ、足早に8階の展示場へ向かった。

SNS投稿は固く禁ず◇

 開館直後とあって、来場者はまばらだったが、「表現の不自由展・その後」の会場は、その展示内容をめぐって物議を醸しただけにかなりの人だかりである。入り口にはスタッフが立ち、鑑賞の際の注意事項を入場者に改めて説明する姿があった。聞けば、中の展示品の写真撮影は認めるが、SNS(ソーシャルネットワーク)を使った投稿は固く禁じているとのことだった。いやはや、「表現の不自由展」とはよく言ったものである。
 入り口の白いカーテンをくぐり、中に進むと、大型モニターを食い入るように眺める人だかりがあった。のぞき込んでみると、モニターには昭和天皇とみられる人物の肖像がバーナーで焼かれ、メラメラと燃え上がるシーンが延々と映し出されている。しばらくすると、シーンが切り替わり、二十歳前後とみられる若い日本人女性が、母に宛てた手紙を読み上げる場面になった。「私は明日、インパール従軍看護婦として出立します」「私の身に何が起こっても、お国のために頑張ったと褒めてくださいね」などと戦前を彷彿とさせるセリフが繰り返し流れる。それが何を意味するか、あえて指摘はしないが、政治的メッセージの偏った作品であったことは言うまでもない。

「焼かれるべき絵」◇

 モニターの反対側には、これまた昭和天皇とみられる人物の顔が剥落したエッチング(銅版画)作品も掲示されていた。作品のタイトルは「焼かれるべき絵」。説明書きには「本作のモチーフは顔がないためわかりにくいが、その大元帥服から戦前・戦中・戦後と長く帝位に就いていた昭和天皇と推定できる。彼には戦犯追及の声もあったが、結局は逃れた。顔の剥落により、この像は誰でもないという匿名性も帯びる。戦争責任を天皇という特定の人物だけでなく、日本人一般広げる意味合いが生まれるのだ。版画だけに『天皇像』は複数に増殖するが、これは日本人一般への責任の広がりの強調としても作用するだろう」とある。要するに、日本人全般へのヘイト(憎悪表現)なのだろう。
 問題の映像をしばらく見ていると、人だかりの中で強面の複数の男性らが「よく、こんなもん平気で流せるのー」「日本人をバカにしたこんな芸術祭に公金が使われて、ほんまにええんか?」と大声で騒ぎ始めた。スタッフが制止に乗り出すも、モニターの前で怒鳴り合う様子に、他の来場者もさすがに怖がっているようだった。

ベンチに腰かけた元慰安婦像◇

 会場が騒然とする中、先を進むと、すぐに慰安婦像をモチーフにした、あの「平和の少女像」が目に飛び込んだ。やはり話題になった作品だけあって、入場者の関心は高い。慰安婦像の横にはミニチュアサイズの同型作品も展示され、横の壁には韓国人写真家が2001年から5年かけて中国で撮影したという慰安婦の女性たちのパネル写真が並ぶ。12年に大手カメラメーカー、ニコンが運営する東京・新宿のサロンでの展示が中止され、その後裁判に発展した、いわくつきの写真ばかりである。
 さて、韓国人彫刻家が制作した「平和の少女像」は、在韓日本大使館前に設置された慰安婦とほぼ同じ。石床には「あなたも作品に参加できます。隣に座ってみてください。手で触れてみてください。一緒に写真も撮ってみてください。平和への意思を広めることを願います」と彫刻家の夫妻名でただし書きがあった。実際、3人組の韓国人来場者が、持参した小さな慰安婦像を手に写真を撮影したり、ベンチに腰を掛けて像に触れるなどして作品に「参加」する様子がうかがえた。
 像から少し離れた位置には、石版に刻まれた作品の紹介文があった。「1992年1月8日、日本軍『慰安婦』問題解決のための水曜デモが、ここ日本大使館ではじまった。2011年12月14日、1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する」。日本語と英語、ハングルの3種類が刻まれていたが、よく見ると英文には慰安婦のことを「Sexual Slaveryと訳してある。むろん、日本政府が公式に認めていない表現だが、この一語をとっても明らかに偏った政治メッセージが込められていることが分かるだろう。
 少女像への関心は高く、来場者はひっきりなしにスマートフォンやカメラで写真を収めたが、像の設置に反対する声も決して少なくなかった。芸術祭実行委によると、この日は持参した紙袋を少女像の頭部にかぶせる人も現れ、「何やってんだ!」と言いながら紙袋を外す別の来場者ともみ合いになるトラブルもあったという。

津田氏は展示内容に口出しせずと説明◇

 「表現の不自由展・その後」は、国内の美術館やイベントで近年、撤去や公開中止になった作品二十数点を集めた企画であり、東京都内のギャラリーで2015年に開催された「表現の不自由展」の続編という形を取っている。同展実行委によれば、今年1月、芸術監督を務める津田氏が実行委に接触を図り、その後数回にわたって打ち合わせをして企画が実現。一方、津田氏によれば、展示会の開催は自分から提案したが、展示内容については「趣旨を損ねる恐れがある」として一切口出ししなかったという。
 会場では他にも「表現の不自由をめぐる年表」や、かまくら形の外壁に靖国神社参拝を批判する記事や安倍政権の右傾化を憂う言葉を張り付けた作品なども並んであったが、どの作品も反体制、反権力をうたうものだったことは言うまでもない。

突然の展示中止◇

 およそ2時間をかけて鑑賞し、ようやく外へ出ると、入り口には100人近い長蛇の列。芸術祭実行委によれば、この日は最大2時間待ちの盛況で、多くの来場者が押し寄せたが、閉館1時間半前の午後4時半、「『表現の不自由展・その後』の受付は終了しました」との看板が出され、入場者の受け付けが突然ストップし、会場は騒然となった。
 午後5時に同センターで緊急記者会見した大村秀章・愛知県知事は「テロや脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」などと展示中止を決めた理由を説明。事務局には「ガソリン携行缶を持って(会場の)美術館に行く」との京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスがあったことも明らかにした。
 このような企画展を開催すれば、抗議や反発の声が上がることは容易に想像できたはずだが、それでも津田氏はなぜ開催に踏み切ったのか。大村知事に続いて会見した津田氏は「(各地の美術館で)一度は展示されたが撤去されたという作品の性質上、沸き上がる反感などを可視化する企画だった」と説明し、表現の自由というデリケートなテーマを「民間よりも自由が薄い」と言われる公立美術館で実現することで「物議をあえて醸すことに意味があると思った」という。
 事実、芸術祭の事務局や愛知県の関係部署には1千件を超える抗議電話が殺到し、担当職員の疲弊や精神的ショックが想像以上に広がった。津田氏は「物議を醸した結果、企画と全く関係ない人にところまで火花が飛び散るようなことが起きてしまった。一定の意味があったと思っていますが、それがこうしたハレーションを起こしたことも事実。それはジャーナリストとしての自分のエゴだったのではないかとも感じています」などと述べ、謝罪した。

反日思想に凝り固まった政治メッセージの拡散◇

 津田氏の肝いりで企画が実現した「表現の不自由展・その後」。同展の実施団体は「中止決定は一方的に通告されたものであり、戦後最大の検閲事件となった」と抗議声明を発表し、今後法的手段も辞さない構えを示した。一方、名古屋市河村たかし市長も「(少女像の設置は)『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う。やめれば済む問題ではない」と指摘した。
 相次ぐ抗議で中止に追い込まれ、運営側が謝罪する騒動に発展したとはいえ、火種はまだ残ったままである。「尖った企画」をやろうとした津田氏の責任はもとより、これを黙認した行政側のずさんな対応にも明らかな非がある。「表現の自由を問う」といえば聞こえはいいが、その内実は反日思想に凝り固まった政治メッセージの拡散だったのでは、という疑念は今も尽きない。筆者は引き続き、この問題を取材していくつもりである。

この原稿は「THE 正論」にも掲載しています。
(メルマガ「週刊正論」)

 

 

結局のところこの企画展は、2019.8.8(火)の午後から再開されることに決まったようだ。

(続く)