世界自動車大戦争(64)

ゴーン氏は何を主張したかったのか。郷原弁護士に聞いた。

本を出すことで誤った論調や認識をただす

――どういう目的でゴーン氏にインタビューしたのですか。



私は、日本の検察と刑事司法制度のあり方を批判的に論じてきた。ゴーン事件に関しても検察の捜査や対応を批判してきたが、それはあくまでもマスコミ報道で事件を把握したものだった。

そのマスコミ報道は基本的に検察リーク、日産自動車のリークが元になっていた。ゴーン氏側の言い分や反論を本人から実際に聞いたうえで、客観的に評価・論評した本を書こうと考えた。

ちょうど、2019年春から議員会館で「人質司法」の勉強会を開催した知人が在日フランス人の公的代表の立場にある関係で、ゴーン氏の紹介を受けることができ、インタビューに応じてくれた。

――日本にいる間、ゴーン氏はほとんど公の場で発言してきませんでした。インタビューを受けたのは、検察批判をしている郷原弁護士なら自分の味方をしてくれると考えたからではありませんか。

ゴーン氏がマスコミの取材を受けなかったのは、201936日の最初の保釈の後、411日に記者会見をしようとして、直前の44日に再逮捕されたことが最大の理由だ。

彼は、20204月下旬に予定されている公判まで、記者会見やマスコミ対応をしない方針だったようだ。インタビューに応じたのは、私が日本の中で数少ない、ゴーン氏の事件の検察捜査に対する批判者で、自分の言い分をわかってくれると思ったからだろう。

私が本を出すことで、日本社会のゴーン氏事件への誤った論調や認識をただすことにつながり、裁判にも影響すると期待してくれていると思っていた。

――ゴーン氏のレバノンへの出国をどう思いましたか。

「私は、レバノンにいる」というニュースを最初に聞いた時には、何が起こっているのかわからなかった。その4日前までゴーン氏のインタビューをしていたので。ゴーン氏も、私の本が出ることで日本での状況が少しでも良くなると期待して、インタビューに応じてくれているものと思っていた。

郷原信郎(ごうはら・のぶお)●1955年生まれ。東京地検検事、長崎地検次席検事などを経て現職(撮影:今井康一)

したがって、国外に逃亡して日本での裁判から逃げたと聞いたときには、正直裏切られた思いだった。しかし、これまで、ゴーン氏の事件に関して一貫して検察を批判する論陣を張ってきた私としては、それまで述べてきたことへの責任があると思った。ゴーン氏が逃亡したとしても、私は逃げることはできない。自分の意見は言い続けようと思った。

なぜ日本での裁判を免れ、逃亡したのか、自分なりに考えて意見を述べていくしかない。その後、ゴーン氏の弁護人の高野隆弁護士が、ブログで「彼を一方的に責めることはできない。裏切ったのはゴーン氏ではない」と書いているのを見て、私もその通りだと思った。

出国直前、変わった様子に気づかなかった

――これまでインタビューを明らかにしなかったのはなぜですか。

インタビューも出版計画も秘密にして進めていた。本が形になってから公表する予定だったので、ゴーン氏の出国後、インタビューをしていたことと、その内容をどう取り扱うのか、ゴーン氏に意向確認をする必要があった。

幸い、知人を通じてレバノンのゴーン氏に連絡がつき、113日にテレビ電話で話をすることができた。インタビューの内容は自由に使っていいと言ってくれたので、内容を明らかにしていくことにした。

――国内での最後のインタビューは1227日でした。ゴーン氏の様子に異変はありませんでしたか。

その時は、特に変わった様子には気づかなかった。しかし、インタビューの後半は、それまでより口数が少なかった。質問事項が違うからかと思っていたが、今になって思うと、「心ここにあらず」だったのかもしれない。

――日本では、ゴーン氏が逃げたのは「後ろ暗い点があるからだ」との受け止めが多いと思います。

保釈条件に反して国外逃亡したことは法に反する行為だ。それ自体が非難されるのは致し方ないと思う。

とはいえ、彼がリスクを冒してまで国外に逃亡しようとしたのはなぜなのか。検察が無理筋の事件で逮捕・起訴したこと、日本の刑事司法手続に重大な問題があったことも事実だ。少なくとも、金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載罪)で、検察が非開示を問題としているのは未払い報酬で、退任後に日産から支払われる予定があったにすぎない。それを確定した報酬として既払い報酬と合算して有価証券報告書に記載すべしという検察の主張は明らかに無理筋だ。「投資判断に重要な事項の虚偽記載」とは到底言えない。

――役員報酬の開示が義務付けられた時から報酬を減額した理由について、ゴーン氏はどのように説明していましたか。

「報酬額については、私が自主的に制限した。減らすことに合意したのは、私の報酬の妥当性についての説明にいちいち時間を費やしたくなかったからだ。『本当はもっと欲しかったんだろう』という検察の言い分には反論しない。私はもっと価値のある人間だと思う。しかし、完全に合法になるように指示をしていた。会社にはたくさんの弁護士がいてチェックしている」と言っていた。

ゴーン氏がサインをしたのは秘書室長が作成したメモで、それは、あくまで参考値だと言っていた。その金額と既払い報酬の差額を退任後に支払うことでゴーン氏を日産に引き留めようと、西川(廣人・日産元社長)氏と(日産元代表取締役のグレッグ・)ケリー氏が契約書を作成して署名していたが、それも、2011年と2013年の2年間だけしかなく、退任後の支払いは確定したものではないという主張だった。

私は、最初にゴーン氏が逮捕された直後に、「ゴーン氏が高額報酬の開示を気にしたのではなく、日産の日本人幹部が気にしたのではないか」という趣旨の記事を書いたので、ゴーン氏のこの説明には若干疑問もあった。いずれにしても、「未払い報酬は役員報酬として確定したものではない」とのゴーン氏の主張が正しいことは疑いの余地がないと思う。

住宅購入は特別背任には当たらない

――特別背任についてはどうでしょう。

サウジアラビアオマーンの代理店を通じた特別背任については年明けにインタビューする予定で、その点はほとんど聞けなかった。しかし、検察捜査の経過からして、これらの起訴事実も証拠不十分なまま無理やり立件して逮捕・起訴したことは明らか。特別背任の公判が遅延するのもそれが原因だと思う。

――刑事裁判で違法性を問えるかは別にして、公私混同に近い資金流用の疑いがあります。

日産が指摘している問題に、ZiA社という投資会社を通じた住宅購入やゴーン氏の姉に対する顧問料の支払いなどがある。住宅購入については、「海外での住宅購入は事実だが、それは秘密でもなんでもなく、ケリーも、(法務部門トップだった)ハリ・ナダも、西川も含めた大勢が知っていたことだ。日産ブラジルの名前ではセキュリティ上よくないから、ZiA社名義で購入することになった。そのアイデアはハリ・ナダが提案したものだ。ハリ・ナダは弁護士なのでルール通りやるはずだ。住宅があれば、ホテルに泊まり、会議室を借りる必要はない」と説明していた。

実質日産名義で購入したのであれば日産の財産なので、それによって日産に財産上の損害が発生したとは言えず、特別背任には当たらないということを当初から私は指摘していた。会社に対する不正と言えるかどうかは、使用目的が日産の事業のためであったか、会社が負担するホテルの宿泊代を節減できていたかによる。

ゴーン氏が言うように、CEOの西川氏も知っていてハリ・ナダ氏が提案したものならば、手続的には正当な支出だったということになるが、彼らは、絶大な権限を持つゴーン氏の意向を忖度したと弁解するだろう。不正に当たるかどうかは、事実関係の詳細を確認しないとわからないが、いずれにしてもゴーン氏自身や家族の利便を図ったと疑われるという点で、コンプライアンス上、経営者としての倫理上問題があったことは否定できない。しかし、それが会社に損害を与えたと言えるかどうかは別の問題だ。

――姉に対する顧問料の支払いは、経営者としてやってはいけないことだったのではないですか。

ゴーン氏は、「姉は、ブラジルのフランス商工会の会長だった。リオデジャネイロの政府とつながっていて、われわれのプロジェクトの支援もしていた。だから実在しない仕事に対して報酬を支払ったということはない」と説明した。ゴーン氏の姉が、そのような立場で日産に貢献していたとすれば不正には当たらないが、親族への顧問料支払いということでコンプライアンス利益相反の問題はある。その支払いについて日産社内でどのような手続がとられていたかが問題となる。

――今回の事件の背景に、日産とルノーの統合問題があるとゴーン氏は主張しています。

2017年にルノーCEOとしてゴーン氏が再任されるかどうかという問題が起こった時点でのフランス側の意向については、「私が退職するとアライアンスが壊れることを非常に心配していた。フランス政府は私のことを好んではいないが、アライアンスの温存には不可欠という立場だった。ルノー側からは、今回は(CEOの)契約を更改するが、三菱自動車も含めたアライアンスを、私がいなくなってもうまく存続するシステムを作ってくれと言われていた」と説明した。

ゴーン氏が発案した持ち株会社構想

統合問題をめぐって、フランス政府とゴーン氏、日産の日本人経営者の間に考え方の違いがあったことは認めていた。フランス政府が日産とルノーとを統合させようとしていたのに対して、日本側は強く反発していた。ゴーン氏も、統合には一貫して反対したそうだ。

そこで、ゴーン氏が考えたアイデア持ち株会社HD)の設立だった。「HD3社の株式を保有し、HDの株式をパリと東京の証券取引所で同じ銘柄として上場させる。HDの株式はルノーと日産の既存株主が50%ずつ保有する。取締役は10人、日産の取締役会から3人、ルノーの取締役会から3人ずつ推薦し、残る4人は独立した立場にする。各社は事業運営上の自主性を持ち、独立した運営を行う。ただし、あくまで業績次第で、業績がよければ各社はそのままの経営を続ける、業績に問題あれば経営陣が責任を取る」というのがゴーン氏の案で、フランス政府と交渉していたそうだ。

フランス政府も、このHDの提案を検討する方向だったようだが、日産の日本人経営者側は、HDの案では株式の銘柄がルノーと共通になり、(上場会社としての)日産がなくなってしまうことを気にしていた。彼らは、HDではなく、財団のようなものを提案してきた。

財団案は「ルノー保有する43%の日産株、日産が持つ15%のルノー株、日産が持つ35%の三菱自動車株、これらをすべて財団に入れる。そうすると財団は日産株、ルノー株、三菱自動車株を保有し、その3社に対して大きな影響力を持つが、各社はそれぞれ上場銘柄として残る」というものだった。

しかし、フランス政府は「財団の経営陣が強大な力を持ち、しかも責任を取らされることがない」と強く反対。フランス政府の統合案と日本側の財団案の中間をとって、ゴーン氏がHD案を出したということのようだ。

ゴーン氏は「不可逆的なアライアンス」という表現を使っていて、統合やHDなどさまざまな方法があったのに、日産の古参幹部たちは「統合を狙っている」と捉えたようだ。日産のモチベーションや士気を低下させることになる統合に自分はずっと反対してきたのに、統合問題が(クーデターを起こすための)悪材料として用いられたというのがゴーン氏の主張だ。

――統合問題に対する日本側の危機感がゴーン追放の一因として働いたとしても、ゴーン氏が重大な犯罪を行っていたのだとすれば、追放は仕方ないのでは?

まさにそこが問題だ。日産が社内調査の結果を提供し、検察がゴーン氏の逮捕事実にした事件が、「捜査機関がそれを知れば、刑事事件として立件し、ゴーン氏を逮捕するのが当然」と言えるのか、それとも、ゴーン氏の追放ありきで、無理やり刑事事件に仕立て上げたということなのか。それによってクーデターかどうかが異なってくる。

その点について、私は一貫して、後者だと言ってきた。それは日産社内で解決するべき問題だったと思う。

――日産の業績は急速に悪化しています。大きな原因としてゴーン時代の無理な拡大主義があったと日産は主張しています。その点についてゴーン氏はどのように説明していますか。

経営悪化は自分の責任ではなく、西川氏の経営手腕に問題があったからというのがゴーン氏の主張だ。

ゴーン氏は「経営者は、会社の業績によって評価される」という徹底した成果主義の信奉者だ。その評価指標として、①売上高成長率、②営業利益、③出資先の持ち分を含めた全体の利益、④キャッシュフロー、⑤資産の増減率、⑥市場価値、⑦ブランド力の7つを挙げていた。

1999年以前はすべての指標が悪かったが、ゴーン氏がCEOだった1999年から2016年の間で、2008年を除けば、これらの指標はすべて上向きだった。ところが、2017年から2019年にかけて、これらの数字がどんどん悪くなった」ということを強調していた(編集部注:ゴーン氏のCEO在任期間は20016月から20173月末まで。うち201611月から20173月末までは共同CEO)。

(続く)