世界自動車大戦争(101)

30年前に花形だった全固体電池研究

いきなりの全否定に少しひきつりながらも、雨堤さんの話を聞いていくと、素人にも合点のいくポイントがいくつか出てきました。まず、全固体電池そのものは決して新しいものではないということです。雨堤さんは次のように話します。

「みんな、全固体電池は新しい技術だと思っていますが、実は30年くらい前、全固体電池の開発は電池技術者にとって花形研究だったんですよ。だから我々の年代の研究者だと、固体電解質は経験があるんです」

「小容量の全固体電池は昔からあります。例えばペースメーカーの電池がそうです。ペースメーカーは体に埋め込むので、何があっても液が漏れないようにする必要があったからです。それが30年前です」

また雨堤さんは、「全固体」という呼び名は少し奇妙だと感じています。

「全固体電池の研究は1990年代にソニーさん(現村田製作所)が出したポリマー電池(ゲル状の電解質を使用)がひとつのソリューションとなって、研究開発が縮小していきました。今、ベンチャー企業が発表している全固体電池は、半分以上がポリマーです。ポリマーは固体ではないんですかっていう話ですよね。ポリマーを全固体とするならすでに世の中に出回っていることになります。最近では京セラさんが発表した電池を、半固体と呼んでいます」

ソニーのリチウムイオンポリマー電池は、ゲル状の電解質を採用して液漏れを防止すると同時に、外装材に金属を使わず、小型軽量化につなげた製品でした。また京セラは、伊藤忠も出資している米ベンチャー企業24M」が基本技術を持つ粘土状の電極材料を採用した製品を発表しています。24Mはこの電池を「半固体(semi solid」と呼んでいます。

【関連リリース】
住宅用蓄電システム「Enerezza(エネレッツァ)」を製品化
24M Partner Kyocera to Validate Process for Mass Production

こうした事例を挙げながら、雨堤さんは次のように指摘します。

「私は、ソニーさんのポリマー電池を固体電池と呼んでもいいんじゃないかと思っています。〝全〟固体電池とは言っていませんが、液でも固体でもあまり変わらないということです。それから、ソニーさんは、ポリマー電池を作ってラミネート型にしたんです。当時は固体だからできる形状だということでした」

「でも今は、多くのラミネート電池はポリマーではなく液体の電解液が使われています。つまり、固体であることがメリットになっていないのです。固体にしたらこれが良くなるという明確な話が出てこない限り、固体にする必要はないと思います」

問題点を指摘する人が少ない

f:id:altairposeidon:20200326235257j:plain

雨堤さんは、全固体電池の最大の課題について次のように話してくれました。

「量産化する上でいちばん問題なのは、固体と固体の接触面積をどうやって確保し、維持するかです。液状だから電極の接触面積を大きくできますが、形が決まっている固体電解質では難しい。それなのに、誰もそこにフォーカスしない。電解質の話ばかりで、接触のインターフェースの話はほとんど出ていません」

「ある東工大の先生は電解質の伝導率が高いと言ってますが、そんなの関係ないんです。電解質と正極、負極とでイオンのやりとりをしないといけない。そのためには接触面積をしっかり確保しないといけない。それがちゃんとできるかどうかが電池を実用化するための問題なんです。例えば、日立造船さんは、ものすごく高圧のプレスをして固体と固体の接触を改善しましょうという取り組みをしてますが、エネルギー密度など出ている数値は実用電池としてはまだ低い。それが実態だと思います」

今年6月、村田製作所「業界最高水準の容量を持つ全固体電池」を開発したと発表しましたが、用途はウェアラブル機器などを想定していて、EVのような大容量、大出力のものではありません。雨堤さんは続けます。

「実験では、数ミクロンというすごく薄い電池を作っています。電解質を蒸着したようなものです。そのくらい薄くしないと性能が出ないんです。だから、容量の大きいものを量産する時にはどうするんですかって聞くと、数千層を積層しますって言うのですが、量産性を考えるとそんなのできるわけがないですし、逆にエネルギー密度は激減します」

「電池は、充電時には正・負極が膨張して、放電時に収縮します。電解質が固体だと膨張、収縮に十分追従できません。確かに実験室レベルでは全固体電池はできるので、ウソだとは言っていません。でも実用化のハードルはいっぱいあって、そこにメスが入れられず30年くらい前から悩んでいることが何も進んでないんです」

f:id:altairposeidon:20200326235336j:plain

雨堤さんの愛車であるモデルSは、日本発売前にアメリカから個人輸入した希少な一台。


研究者がとられるのは問題が大きい

こうした話を聞いて思い出すのは、燃料電池のことです。

政府は2001年に「燃料電池実用化戦略研究会報告」をとりまとめて、2010年に累積5万台、2020年に約500万台の燃料電池車導入を期待するという目標を示していました。現状の保有台数は約3000台で、うち1000台は愛知県が占めています(20193月末時点)。課題は、燃料電池スタックの耐久性やインフラ整備で、20年近く経った今でもあまり変化はありません。

高い目標を掲げるのは悪くはないと思いますが、現実離れした数字は社会をミスリードすることになってしまうのではないかと危惧します。

雨堤さんは、関心と予算が集まっている全固体電池に研究者がとられてしまっていることが問題だと危惧しています。

トヨタが独自に全固体電池をやるのはいいでしょう。でも周りを巻き込んで、貴重な技術者をとられるのは大きな問題だと思います。実際に日本の電池研究者がたくさん、全固体電池に流れています。毎年秋に開催される「電池討論会」(電気化学会主催)でも、全固体電池の話がとても増えていますね」

「全固体電池は安全だという話も出ていますが、今の液系リチウムイオン電池に大きな問題があるわけではありません。これで十分に成り立っているんです。それなのに、値段が高くて性能が落ちる全固体電池を誰が買うのでしょうか」

トヨタとしては、次世代電池の解決策が出てこない中で同じことばかりはやっていられないので、いろんなことを探してくるのではないでしょうか。基礎研究としてリチウム空気電池をやったり全固体電池をやるのは重要なことだと思います。しかし、無責任に実用化が近い様なことを吹聴するのは、私から見ると、真摯な研究のあり方とは思えません。少ない研究者が全固体電池に振り回されて、実際に必要な、例えば正極材の新しい材料を開発するなどの研究が進んでいない。トヨタの発言は影響力が大きいので、もう少し現実的で実体のある取り組みにも注力してほしいですね。現状は、日本の電池研究の足を引っ張っているのではないかとさえ感じています」

辛辣な言葉で現状を語る雨堤さんの言葉を、ここではできる限り、そのまま紹介しています。

全固体電池に関しては、2018年に調査会社の富士経済(東京都中央区)がまとめたリポートに、2017年の21億円市場が2035年に2兆7877億円になるという試算が出るなど、日本国内の「熱」は上がりっぱなしです。

現在までに、トヨタの全固体電池の研究開発がどの程度まで進んでいるのか、詳細はわかっていません。来年あたり、雨堤さんもアッと驚くような成果が発表されるのであれば、それは素晴らしいことです。でも、電池研究に人生を捧げてきた雨堤さんの知見に照らせば、全固体電池に「EV用電池として明確なメリットはない」し、「量産実用化への壁はまだ何も解決されていない」のが現実であるということです。

夢を語るのもいいとは思いますが、地に足が付いた研究開発が大事なのは当然のこと。全固体電池が、ドタバタの「夏の夜の夢」にならないといいのですが、はたしてどうなっていくのでしょうか。

f:id:altairposeidon:20200326235446j:plain

オフィスにあったモデルSのペダルカー。雨堤さんは、三洋電機(現在はパナソニック)がテスラに電池を供給することを決めた判断にも深く関わっていました。

(取材・文/木野 龍逸)

【追記】トヨタ自動車広報部からコメントをいただきました。

2020年になってからも、当記事にたくさんのコメントをいただいております。その中で「トヨタの見解も聞きたい」とのご意見があり、編集部としてもトヨタからご意見をいただけるのであればぜひご紹介したいと考え、広報部にお願いしたところ、以下のようにコメントをいただきましたのでご紹介します。トヨタ自動車広報部さま、ありがとうございました。
2020.1.31EVsmartブログ編集部)

トヨタ自動車広報部コメント】

全固体電池に対するトヨタの考え方について回答させていただきます。

以前より申し上げているとおり、トヨタは電動車普及には、商品開発だけでなく、それを支える電池など要素技術の開発が重要と考えております。
リチウムイオン電池より高性能で安全な電池として、全固体電池、金属空気電池、ナトリウムイオン電池、マグネシウム電池(多価イオン電池)等の次世代電池の開発にトヨタグループとして取り組んでいます。
中でも、全固体電池はパッケージ小型化が可能で、次世代電池の中では、現時点で最も実用化(車載可能)に近いと考えています。
生産技術も含めて研究・開発に取り組んでおり、2020年代の前半の実用化を目指して開発を加速しているところです。

 

 

https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/solid-state-battery-mr-amazutsumi-interview/

 

 

 

これによると、トヨタ2020年代前半には実用化する、と言っている様だが、雨堤氏は辛らつだ。

 

・・・・・しかし、無責任に実用化が近い様なことを吹聴するのは、私から見ると、真摯な研究のあり方とは思えません。少ない研究者が全固体電池に振り回されて、実際に必要な、例えば正極材の新しい材料を開発するなどの研究が進んでいない。トヨタの発言は影響力が大きいので、もう少し現実的で実体のある取り組みにも注力してほしいですね。現状は、日本の電池研究の足を引っ張っているのではないかとさえ感じています

 

 

トヨタの言う「実用化は近い」などと言う事は、真っ赤な(と言ったかどうかは知らないが)嘘ではないか、と言ったニュアンスだ。しかも、ものにならないような全個体電池に技術者をとられてしまっていることは、日本の電池事業や研究開発にとって、はなはだしくマイナスである、とまで言っている。

 

実体はこれが真実なのではないか、と小生は(本能的に)感ずるのであるが、どんなものであろうか。忌憚のないご意見を期待したい。


(続く)