日本人のルーツは縄文人だ、渡来人はない。(7)

そこでは、国立遺伝学研究所助教授の宝来聡氏の「ミトコンドリアDNAジャワ原人は日本人の遠い祖先ではなかった!」を紹介し、その間諸々の経過を解説して、次のように述べている(P178)。

 

 

その結果は、氏の仮説を完全に否定するものだった。これら全ての人骨は、大多数の日本人(女性)と同じグループに属していた。その上、次のような事実が分かったのである。

 

➀日本列島の先住民である縄文人と近世アイヌの一部が近縁であること、そして彼らは現代日本人の一部と東南アジア人の一部とも系統的に近い関係にある。

②最終過程で分岐した現代日本人(女性)十五人と同じクラスターに、縄文人四人、近世アイヌ人二人、東南アジア三人、が含まれる。

③同時に、全ての縄文人と近世アイヌの系統はグループⅡに含まれる。

 

注目すべきは、②から、縄文時代の女性と現代日本人女性とは、”直近の関係”にあることが確認されたことだ。つまりそのクラスターの祖先は縄文時代の女性となる。また③からアイヌ縄文人もすべてグループⅡに属することが確定した。此処に至って氏は次のように結論づけた。

 

 

宝来聡氏国立遺伝学研究所三島市にあったので、そこで新生児の胎盤からmtDNAを採取して分類していった。その過程で大きくⅠとⅡのグループ分けが出来たのであった。当初はⅠのグループが古いので縄文系としていたが、各地でmtDNAを調査して分析してゆくと、常にグループⅡの方が大きかったために、少数グループのⅠを弥生系、多数グループのⅡを縄文系としていった。そして調査した縄文人骨のmtDNA現代日本女性は、全てグループⅡに属していた。

そして宝来聡氏は、次のように結論付けたのである。

 

 

「日本人の集団が、少なくとも二つの大きく異なるグループに分かれることが明らかになった。この観点から見ると、縄文人アイヌ人に代表される日本の先住民は、現代日本人のグループⅡに相当することになる。(中略)従って、弥生時代以降に大陸から移住してきた人たちの一部が、日本人のグループⅠに該当するかもしれない」

 

殆どの日本人(女性)、アイヌ人(女性)、琉球人(女性)は、同じ多数グループに属することが明らかになった。

つまり、日本列島が形成された縄文時代からこの地に住み続けた人たちは、先住民ではなく、アイヌ琉球人を含む現代日本人(女性)の「ご先祖様」との結論になったのである。

 

 

話はここで終りとしておけばよかったものの、宝来聡氏の縄文・弥生観は司馬遼太郎山本七平と同じものだったので、即ち縄文時代の終わりに稲作文化を携えた多くの渡来人がやって来て弥生時代をつくっていったと言うもの(これは大いなる間違いであるが)であったので、次のように間違った結論に到達していった。

 

 

「本土日本人(女性)は、縄文人と言う日本の先住民の子孫と考えられるアイヌ琉球人とある程度遺伝的に近い関係にあるものの、本土日本人(女性)における遺伝子プールの大部分は、弥生時代以降のアジア大陸からの渡来人(女性)に由来するものであった

 

始めは、「この数値のみが独り歩きしないことを除む」と述べ、いつの間には「大量(の女性)移民が起こったことは間違いない」になり、最後は「日本人(女性)の大部分が弥生時代以降のアジア大陸からの渡来人(女性)に由来するものであった

 

 

宝来聡氏は、弥生時代以降のアジア大陸からの渡来人(女性)が縄文人女性に置き換わったなどと、証明されてもいないことを結論としていたのであった。敢えて(女性)と注釈を付け加えたのは、宝来聡氏が女性遺伝子であるmtDNAを取り扱いながら人間全体と勘違いしていたからである、と長浜浩明氏は注釈している。大量の女性だけの渡来があったなどと言う事は、実際にはありえないことであるからである。

 

せっかく遺伝子解析と言う当時の先端分野の研究の成果を引っ提げて縄文人(女性)と現代日本女性、韓国、台湾の(女性)と同じグループⅡ属するとの結論に到達しておきながら、それは渡来人(女性)によるものだとの架空の話を結論としてしまったのであった。

 

mtDNAを変えてしまうほど渡来人がやって来たという証拠などは何もなかったのであるから、古い時代(数万年前)に大陸から渡って来て日本列島に住み着いた人々(女性)は、時間が経過しても大陸の女性と同類であったという思いに至らなかった訳だ。

 

このようにmtDNAの解析でも、大量の渡来人の来訪があったことの証明にはならなかったのである。もし大量の渡来人(女性)がやって来たのであれば、それ以前から日本にいた縄文人アイヌ人など)は、異なったmtDNAを持つことになった可能性が出てくることになるのだが、それが同じグループに属すると言う事は、大量の(女性)の渡来はなかったとするのが真っ当な結論となるのではないのかな。

 

一般的に異民族に襲来されても、どこでも女性は生き残り大事にされ異民族の子孫を残していったものであり、その点mtDNA遺伝子は継続されていったものであるが、日本列島ではそんな歴史的な事件は存在していないから、旧石器時代縄文時代、現代と女性のmtDNAは何の変化もなく継続されていたものである。

 

このようにATLウイルスのキャリアや日本語の系統言語学的な分析、更には日本人男子のY染色体は大陸人とは全く似ていないことなどから、縄文時代末期に大陸から渡来民などの来訪があったことの証拠は見つけられなかったのである。と言う事は、渡来人は来なかった、いなかったと言う事である。

 

この結果を箇条書きにしておこう。

  1. ATLキャリアの比率は九州・沖縄では5割以上で中部地方では5%、大陸にはキャリアはいない。だから渡来があれば下がる筈だが、高いと言う事は渡来はなかった、と言う事。

  2. 日本語は大陸言語との関連は皆無。大量の渡来があれば言語でも関連性は残る。ないと言う事は、渡来はなかったと言う事。

  3. Y染色体のハプロタイプDは日本人に特におおく、大陸系では非常に少ない。大陸からの渡来はなかった、と言う事。

  4. mtDNAは、縄文人現代日本人も同類であった。韓国人・台湾人とも近い中であったことから、日本への(大量の女性の)渡来があったとしたが、何の根拠もないものであった。大量の女性の渡来など、考えられないことである。

 

何れの事実も、縄文時代末期・弥生時代始期に大陸や半島からの渡来人の来訪は認められなかったのである。渡来人は来なかった、いなかった、と言う事である。

(続く)