世界の流れは、EV化(6)

 2035年に発売できる新車は、排出ガスゼロ車のみとする規制を提案した。文面を解釈すれば、対象となるのは電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)のみ。ガソリン車やディーゼル車だけではなく、実質的にエンジンを搭載したハイブリッド車HV)やプラグインハイブリッド車PHV)の販売も禁じることになる。自動車メーカー関係者は「予想していたシナリオの最も厳しいものとなった」と話す。

 同時に、30年の二酸化炭素CO2)排出規制も見直した。従来は走行1km当たりのCO2排出量を21年比で37.5%削減する案だったが、これを55%削減に引き上げた。走行1km当たりのCO2排出量はメーカー平均で50グラム以下が求められるため、30年時点でも50グラムを超えるHVの販売が難しくなる。

 これらの規制強化は50年にEUの温暖化ガス排出量をゼロにするという目標に沿ったものだ。30年までには1990年比で55%削減する。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は同日の記者会見で、「交通部門のCO2排出量は減るどころか、増えている。これを逆転させなければならない」と述べ、自動車産業に厳しい姿勢をみせた。

 以前から、自動車のCO2規制強化は不可避とみられていた。筆者が20204月に欧州委員会の環境・エネルギー担当に今後のCO2排出規制について質問したところ、「既に時代遅れの技術やビジネスモデルに固執し、気候変動への対処を遅らせるべきではない」と語り、規制強化を匂わせていた。

 今後、欧州委員会の提案は、加盟国や欧州議会の承認を受けなければならない。最終決定はまだ先になるが、厳しいCO2規制が導入されれば、EVシフトが加速しそうだ。

 ただ、EUの苛烈な環境規制はこれだけではない。今後、自動車メーカーが影響を受ける規制が次から次へとやってくる。

規制強化でエンジン車の価格が上昇する可能性も



 まず、非常に警戒されているのが新排ガス規制「ユーロ7」だ。欧州委員会から委託を受けた排出ガスの専門家や研究機関からなるコンソーシアムが2010月に提案した規制内容はかなり厳しい。窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素CO)、粒子状物質PM)の規制基準の強化の他、アンモニアメタンなど、従来は規制対象ではなかった物質を対象に加える。この規制に対応するためには、様々な機能を付加したスーパー触媒が必要で、エンジン搭載車の価格が上昇することが懸念されている。

 また、車両のライフサイクルにわたる実際の排出量を車上でモニタリングするシステムの導入を提案。コンプライアンス違反や故障を早期に検出することを狙っている。

 欧州委員会21年末までにユーロ7の最終提案欧州議会に提出する予定で、25年ごろに施行となる見通しだ。原案レベルで規制が強化されれば、25年時点でエンジン車の価格が上がり、販売に逆風が吹く可能性が高い。欧州自動車工業会(ACEAは、「実質的にHVを含むエンジン搭載車の禁止に近い規制だ」として強く反発している。

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EUや英国は、自動車関連の規制を立て続けに強化する。国境炭素税は23年から暫定的に始め、26年から本格的に導入する方針だ

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 電池に関する規制も厳しい。欧州委員会2012月に包括的な電池規則を提案。221月から施行し、段階的に規制を強化する計画だ。

 まず、247月以降EU市場で販売されるEV用電池は、CO2排出量を測定し、開示しなければならない。271月にはCO2排出量を欧州委員会が設定する上限以内に収めなければならない。CO2排出量の多い電源で生産し、EUに輸出するような電池は、基準をクリアできず販売できない恐れがある。

 次はリサイクルに関する規定だ。271月から使用しているコバルト・鉛・リチウム・ニッケルに占める再生材の割合(リサイクル率)を申告しなければならない。301月以降、素材ごとに占める再生材の割合が一定基準(コバルト12%、鉛85%、リチウム4%、ニッケル4%)を上回ることが求められ、35年にはこの基準が引き上げられる。

 さらにラベリングの規定も導入される。これは271月以降、すべての電池について識別情報や特性情報を記載したラベルを貼付しなければならないというものだ。ラベルには電池の寿命や充電容量、分別回収の必要性、有害物質の有無、安全リスクなどの情報を記載する。電池の種類によってはラベルをQRコードなどの形態で貼り付け、使用している電池に関する情報にユーザーが簡単にアクセスできるようにする。

 これらの電池規制が導入されると、EU域内のCO2排出量の少ない電源で電池を生産し、自動車に搭載するのが合理的な選択肢になる。また、電池のリサイクルも不可欠になりそうだ。自動車メーカーは環境規制対応の電池の調達で後手に回れば、電池の調達コストが高くなったり、EUで自動車が販売できなくなったりする恐れがある。



業界では反発しつつも個別には規制に従う欧州勢 



 欧州委員会による35年の規制案に対し、欧州の自動車業界は反発している。ACEA会長であるBMWのオリバー・ツィプセ社長は、「35年の規制は、事実上のエンジン禁止になる。特定の技術に焦点を当てたり、禁止したりするのではなく、EUの機関にはイノベーションに焦点を当ててほしい」と訴えた。

 だが、欧州メーカーの目標は、既にエンジン禁止を見越している。独フォルクスワーゲンVW)は30年に欧州で販売する新車のうち7割をEVとする目標を掲げる。713日にEV関連の記者会見を開いたVWヘルベルト・ディース社長は、エンジン車からEVに収益の柱を移していくことを強調した。ルノー30年までに欧州の新車販売のうち9割をEVにする計画を打ち出した。ジャガー25年、アウディ26年、スウェーデンボルボ・カー30年までにEV専業になることを宣言している。

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フォルクスワーゲンのディース社長は13日の会見で、EVシフトを改めて強調した



 欧州勢が規制対応を優先する背景には、欧州市場で技術やビジネスモデルを磨き、競合他社に差をつけるという思惑がある。米国や中国が欧州の規制に追随すれば、これらの市場でも先行者利益を得ることができる。

 トヨタ自動車は今年5月、30年の欧州新車販売に占めるEVFCVの比率を4割とする目標を打ち出している。残りの6割はHVPHVになるとみられ、欧州委員会の規制案が承認された場合は、これらを35年までの5年間ですべて排出ガスゼロ車に切り替えなければならないトヨタの関係者は「目標設定の練り直しが必要だ」と語る。欧州の規制が、日本の自動車業界に重い課題を突きつけている。





日経ビジネス82日号特集で、欧州のEVシフトの動向を詳しくお伝えします)

 欧州でEVの販売が急増しています。欧州で発売されたEVが時間差で日本に投入され、欧州の規制が日本の規制の参考にされるケースも少なくありません。そこで、日本の自動車産業の未来を考えるヒントになるように、欧州EVの虚実を伝えるシリーズを展開します。

 インタビューを交えながら各社の戦略を探ると同時に、「EVは温暖化ガス削減に寄与するのか」などといった様々な問題を検証していきます。これからインタビューをする会社の幹部や識者に対しては、読者のみなさんからの質問もぶつけたいので、質問をコメント欄に書き込んでください。自動車産業の未来を一緒に考えていきたいと思います。

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00122/071500086/?n_cid=nbpnb_mled_mpu


(続く)