世界の流れは、EV化(65)

世界がEVシフトに
「前向き」な理由

 今、世界的に合意が取れているのは2050年までに世界全体でカーボンニュートラル、つまり産業活動や生活から排出されるCO2などの温室効果ガスと植物などが消費するCO2の総量が均衡する状態を達成する、というゴールです。なぜその目標が重要かというと、それを達成しなければ、産業革命以来続く地球の平均気温の上昇を努力目標である1.5度以内に抑え込めないからです。

 地球温暖化については、過去20年間でいろいろな議論が行われてきました。当初は「地球温暖化など起きていない」といったレベルの反論が見られましたが、現在では地球温暖化が進行していることは、ほぼほぼ世界的なコンセンサスになっています。

 そして科学者の予測のうち「地球の平均気温が産業革命から2度上昇した時点で、自然のバランスが崩れ、地球はもう後戻りができない滅亡へと向かう」という見解が、世界の首脳の間で大きな力を持っています。

 その根拠から、世界の首脳は2050年のカーボンニュートラル目標に合意をしているのですが、問題はそこに至る中間点の2030年代で、そこに各国の国益をめぐる綱引きが繰り広げられています。

 この国益をシンプルに分類すれば、欧州と中国は意欲的な温室効果ガス削減策を進め、アメリカと日本が国益のために消極的な対応を取ろうとしています。




アメリカと日本がEV化に乗り遅れても
守りたい「国益」とは?

 アメリカは、産油国であると同時に世界最大の石油消費国です。ブッシュ大統領が石油業界出身だったことや、ロックフェラー財閥が石油を支配して発展したことからわかるように、ワシントンの政治家の間でも、石油利権を温存したい勢力が力を持っています。アメリカでは政権交代4年ないしは8年おきに起きるのですが、ブッシュ、トランプという共和党政権が誕生すると、地球温暖化に対して後ろ向きな対応が行われます。

 日本はエネルギー資源国ではありませんが技術立国の国家であり、自動車産業が国を支えていることから、やはり国益としてガソリン車の延命を狙っています。



 今回の記事の本筋とは外れますが、石炭火力発電の技術についても世界で先進的な省エネ技術を有していて、その技術の売り込みを国を挙げて行っているのですが、これが世界の脱炭素の潮流の中で日本が批判される一因ともなっています。

 国益というものは国にとって重要なことですから、日本とアメリカがEV化に後ろ向きなのはその文脈で理解すべき事項です。しかし、最終的には世界の潮流には抗しきれない限界があることも理解すべきです。

 2050年のカーボンニュートラルに向けた中間点として、たとえばイギリスは2035年までにイギリスの電力すべてをクリーンエネルギーで賄おうと考えています。EU各国でも2019年段階で2040%程度である自然エネルギー電力の比率を2030年に40%~74%まで高める目標を掲げています。

 日本はこれまで水力中心に全体の18%だった自然エネルギーを最大24まで増やす目標を掲げてきたのですが、これが欧州から見れば不十分なものにしか見えない。そのような対外的なプレッシャーの中で30年度の新目標を検討しているのですが、現実的なクリーンエネルギーの積み上げと原発の再稼働を前提にしてもなお火力に一番頼らざるをえないプランが検討されています。

 国益面での逆風としては、アメリ民主党政権になったこともこれからは大きな影響が出てきます。バイデン大統領は就任直後にそれまでのトランプ政権が離脱していたパリ協定の枠組みへの復帰を宣言し、現在では世界の環境サミットをリードする立場に立っています。

 アメリカ政府は、インフラ投資法に基づいて国内のEVインフラ投資に約8500億円を投資することを表明しています。一方で岸田政権は補正予算で我が国の充電インフラ整備に65億円を確保しましたが、これは5万円給付金のクーポン配布予算967億円と比較してわかるとおり、微々たる金額です。

 これまでは同じ国益からEV化への後ろ向きで協調してきた日本とアメリカですが、これから4年でアメリカはEV不毛国家からEV国家へとかじを切ります。場合によっては置いていかれるのは先進国の中で日本だけという、日本自動車界のガラパゴス化が危惧される状況に直面していたのです。

 これが今週月曜日までの温室効果ガスに関する世界情勢で、今週火曜日にそれを脱すべくトヨタが新EV戦略を発表したというのが、グローバルに見た冒頭の「トヨタの前向き宣言」だったのです。

 

トヨタEVシフト」は
本物なのか?

 さて、ここまでの文脈で世界の潮流をとらえたうえで改めてトヨタの新戦略を見てみると、国内メディアが「意欲的な計画だ」と報じた戦略が、実はゴールから眺めるとそれほどでもないことがわかります。

 2030年にEV350万台という目標ですが、トヨタは(コロナ禍で2020年に大台を割る前は)基本的に世界販売台数が1000万台を超える企業です。その前提で計画を言い換えれば、2030年の世界販売目標としてEV車比率を35%まで上げると言っているのと同じです。

これから8年間で8兆円の電動化投資をする”という今回の発表ですが、トヨタ全体の年間投資額は設備投資研究開発投資を合わせれば2.4兆円です。ここでは単純に8兆円÷8年間という計算をして、年間1兆円を電動化投資すると考えましょう。



 つまり、年間投資額2.4兆円のうち1兆円を電動化投資するということになります。これも言い換えれば、トヨタの投資額の4割を電動化に向けるといっています。ただ、プラグインハイブリッドも電動化投資の対象に含まれます。

 そして、EVに関しては8年間で4兆円です。これも割り算して年間0.5兆円とするならば、全投資額(2.4兆円)から見てEV投資は約2、つまりはその程度です。

 一方で、この時点での世界市場はもっとEVシフトが進んでいきます。ヨーロッパでは2035年にガソリン車禁止を掲げていますが、その禁止車種にはプラグインハイブリッドも含まれます。つまり、2030年には市場の過半はEV車で占められているはずです。

 アメリは、プラグインハイブリッドはEVに含める前提ですが、それでも2030年にEV化率50%以上の目標を掲げています。そしてそのアメリカですら、ハイブリッド車は電気自動車には含めないとしています。

 主な先進国では、日本だけが2030年代のゴールの定義としてEV車、プラグインハイブリッド車ハイブリッド車を含めたゴールを主張していますが、世界の中では少数派です。もちろん先進国でガソリン車が売れなくなったとしても、電力ステーションインフラが整わない途上国で、日本車は必要とされ売れることでしょう。

 しかし、そのような国益の追求に対して世界の厳しい論調が待っていることは間違いないはずです。日本が主張する「途上国では2030年代でもガソリン車が必要とされる」という論理は、欧州の「2030年代を通じて途上国でも脱炭素を進めなければどうやって2050年の世界をカーボンニュートラルにできるのだ?」という主張と真っ向に対立します。

 今から10年後、温暖化がさらに進んだ未来において「日本車だけが途上国でガソリンを使い続けているという非難が高まれば、それは現在の「日本だけが先進国で石炭火力に力を入れている」という批判の比ではない国際圧力となるはずです。これにどこまで抗しきれるか?

 私は経産省トヨタも、グローバルなSDGsの全体像を俯瞰(ふかん)すれば世界の流れに対しての認識はまだ甘いと考えています。

 国としてはバラマキ予算を減らした財源でエネルギーステーションへの投資予算を4000億円規模で確保すべきでしょうし、トヨタがグローバルシェアを維持したいのであれば2030年のEV車目標は最低でも50%を超えるべきです。

 もちろん豊田章男社長が大きな方向転換を表明したことは大いに評価すべきです。しかしその次のトヨタの社長は間違いなく2030年目標の上方修正を強いられることになる。持続的な未来をめぐる戦いは2030年代の国益を巡ってすでに熾烈(しれつ)を極めているのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博

 

https://diamond.jp/articles/-/290919?page=1

(続く)