世界の流れは、EV化(71)

私財から「50億円」を投資

 

 トヨタは社内にOTA推進室を設置したほか、社内の開発体制を大きく変更しようとしている。今のトヨタには車種のカテゴリーごとにチーフエンジニアがいて、ソフトもハードも車種ごとに同時並行で開発しているが、それを改め、ソフトとハードの開発を分離し、ソフトウエアを先行開発し、後から開発する車体に流し込む手法に変えようとしている。この開発手法により、OTAの時代に対応しようとしているのだ。

 

 トヨタ新しい開発手法は「アリーン」と呼ばれ、その開発を担当するのが、子会社のウーブン・プラネット・ホールディングス(旧TRI-AD)である。そこには、豊田社長の長男、大輔氏がシニアバイスプレジデントとして勤務している。

 

 実は豊田社長は、この子会社に私財50億円を投資している。トヨタが重要なビジネスと位置付けているからこそ、トップ自らが身ゼニを切り、創業家の御曹司を配置していると見ることができる。将来的にはこのウーブン・プラネットが、エンジン車からEVへという100年に一度の産業革命後、「トヨタ」となる可能性すらあると私は見ている。もちろん、私財の投入が利益相反だと指摘されるリスクを覚悟の上での行為ではある。

 

 ことほどさようにトヨタは周到にEVシフトに備えながらも、EVの商品化には後ろ向きだ。数字がそれを物語っている。2020年の世界販売に占めるEVと、EVHEVが融合したプラグインハイブリッド車PHV)は55000で、世界17位だ。トヨタと常に世界トップの座を競っている独フォルクスワーゲン22万台売っている(世界第2位)。

 

 トヨタというトップ企業がEVの商品化に後ろ向きであることが影響して、2020年の日本の国内市場におけるEVPHV含む)の販売台数は3万台に過ぎない。同じ自動車大国であるドイツでは前年比3.6倍の39万台売れたのとは大違いだ。トヨタが商品化で出遅れている原因ははっきりしている。豊田氏の存在そのものが「抵抗勢力」となっていたからだ。

 

これまで豊田氏は「EV嫌い」を表明してきた。日本自動車工業会の会長として、つまり、業界トップとして「自動車業界で働く550万人のために」を謳い文句に、「EVシフトを進めれば、日本の屋台骨の自動車産業が崩壊する」といった趣旨の発言を繰り返してきた。

 

 発言の意味するところは、就業人口が全体の8%を占める部品メーカー、整備工場、ガソリンスタンドなどで働いて生計を立てている550万人の人々が、EVシフトでメシが食えなくなってしまう、ということだ。

 日本自動車工業会の会長は通常、一期二年。豊田氏はすでに二期四年つとめたうえに、トヨタ→ホンダ→日産の“輪番制”の会長職をホンダに譲らずに三期目、つまり五年目に突入することが決まった。そこまで身体を張って豊田氏は「エンジン車からEVになってもカーボンニュートラルは実現しない。そんな欺瞞的な世界の潮流を阻みEV化の動きを少しでも止めてみせます」という構えを崩さなかった。

 

100年ぶりに起きた「産業革命

 

 しかし「自動車業界の救世主」は、ここにきて一転、大胆なEV化を推し進める剛腕の経営者に豹変したのである。ヘタな芝居をやめて、本音をむき出しにしたともいえるのかもしれない。たしかにEVシフトすれば、部品点数が減り、不要になる部品も出てきて、自動車産業にこれまでのような雇用吸収力が失われる可能性は高い。いや、そうなるだろう。

 

EVシフトは、21世紀の産業革命である。かつての産業革命では人力が蒸気機関に置き換わった。19世紀初頭、イギリスでは機械の導入によって繊維関係の職人の仕事が奪われ、機械を破壊する「ラッダイト運動」が起こった。さらにその後、蒸気機関内燃機関に置き換わったことで、移動の主役は、馬車から機関車だったのが、さらに機関車からクルマに交代した。このプロセスにおいては、「ラッダイト運動」のように職を失うことによる反発もあったろう。

 

 

 しかし、新たな産業が生まれたことで、逆にそこで職を得て、それが社会を豊かにしていく一因になったことも事実である。そして立派な自動車を造れる国が世界で一流の経済国となった。日本もしかりだ。20世紀は、自動車が産業の盟主となったのである。と同時に、内燃機関に欠かせない石油産業が勃興し、石油の争奪戦が、国家の命運を握り、石油(エネルギー)を制する者が世界の覇権を握った。

 

しかし、現在、そうした産業構造に100年ぶりに変革の波が及び、動力源の主役が内燃機関から電気モーターに替わろうとしている。新たな産業革命が進んでいるのである。産業界で大きな変化が起これば、衰退する業界と勃興する業界が出てくるのは必然の流れだ。

 

 

 こういう言い方をすれば反発を買うだろうが、時代の流れによって、消える業界もあれば、新たに誕生する業界もあるということだ。この動きをビジネスチャンスと見なければ、日本企業は、「ラッダイト運動」で暴動を起こした英国の職人と同じようになってしまうかもしれない。

 

 衰退産業に携わる者が必ず抵抗勢力となって、勃興する産業の行く手を阻むのが世の常であり、とくに「失われた30年」の日本においては、「規制」という大義名分の下、既得権を守り、新興勢力の頭を叩いたため、米国におけるGAFAのような新しい産業が生まれてこなかった。

 

 自工会会長としての豊田氏の発言は、“抵抗勢力頭目”の振る舞いとしては正しいだろう。しかし、世間は、いや、世界は、自工会会長としての発言と、トヨタ社長としての発言を区別はしてくれない。

 

 2035にヨーロッパでは事実上ガソリン車などの新車販売が禁止される情勢下、主要海外メディアは「トヨタEVに後ろ向き」と論じ始め、環境保護団体グリーンピースは、大手自動車会社の中でトヨタを気候変動対策では最下位に格付けた。豊田氏のCO2を吐き出すエンジン車を死守するという姿勢が、今やトヨタを環境後進企業と位置付ける事態に発展させたのである。

 

550万人の雇用を守る」と、自工会会長として旗をふっていたら、その発言がブーメランとなってトヨタ社長の自分のところに帰って来たのだ。

 

「これから造るEVには興味がある」

 

 ESG投資などを重く見る機関投資家らが騒ぎ始める気配を察知したのか、さすがに危機感が募ってきたのだろう。ここで救世主を演じる「二枚舌作戦」は打ち止めにしなければ、トヨタの企業イメージ、ブランドは傷つき取り返しのつかないことになると悟ったのかもしれない。

 

 1997トヨタ社長だった奥田碩社長は、赤字を垂れ流しながらもハイブリッド車プリウスを世界に先駆け市場に投入、環境問題に敏感な米カリフォルニアから「環境はトヨタ」とのイメージを発信して世界に植え付けた。ハリウッドの名立たる俳優がこぞって愛車にした「プリウス」は、エコカーの代名詞となって、トヨタの屋台骨を支える商品となった。

 

 言葉は悪いが「環境がカネになる」ことを最初に具現化した企業でありながら、豊田氏のスタンドプレイが過去の遺産を食いつぶしてしまったのだ。

 くだんの記者会見で、豊田氏の内心が透けて見えるようなやり取りがあった。「豊田社長はEVが好きなのか、嫌いなのか」と聞かれるとこう答えたのだ。

 

「素晴らしい質問ですね。あえて言うなら今までのトヨタEVには興味がなかった。これから造るEVには興味がある

 

トヨタ社長・豊田氏のEV宣言。トヨタディーラーでの大規模な不正車検、パワハラ問題、あるいは、日本製鉄に訴えられた電磁鋼板の特許侵害を巡る紛争など、このところ不祥事続きだった暗いニュースを吹き飛ばしてしまったほど衝撃的だったのは間違いない。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/5380c4dca3139adf2428979d3e5f82dc29eeeb38?page=1

 

 

 

EV化により、新たな仕事も生まれてくることには間違いはないが、今回のケースではその規模が問題となろう。

 

新たな職も生まれてくると言うが、失われてゆく職もそれなりに多いのではないのかな。

 

それはICEInternal Combustion Engine内燃機関)とEVの構造を比べてみればよく分かる。

(続く)