世界の流れは、EV化(73)

EV戦略の骨子

EV強化に向けて4兆円をつぎ込み、2030年に年間350万台のEVの販売を目指す。一方で、HEVなど他の電動車にも4兆円を投じる点にも触れている。(写真:日経クロステック)   

トヨタの新EV戦略

トヨタ、30年にEV世界販売350万台へ 電池に2兆円投資


EVを望む人がいなかった

 では、なぜトヨタはこれまでEVを本格的に展開してこなかったのか。ズバリ、「顧客が望んでいなかったから」だ。

 トヨタの基本的な開発姿勢は「お客様第一」。顧客が欲しいと思うクルマを提供するという考えでものづくりを行っている。新技術を開発するのも、顧客が望むクルマを成立させるためだ。自動車の開発に関して同社が「全方位戦略」を掲げるのは、「顧客が望むクルマを提供する選択肢をできる限り広げるため」である。だからこそ、エンジン車からHEVプラグインHEV燃料電池車(FCV)までのラインアップをそろえてきたのである。

 確かに、トヨタEVの“弾”は薄かった。だが、EVを望む顧客が世界にもっと多く存在していれば、もっと早くからトヨタEVを本格展開していただろう。現実には世界のEVの需要はとても少なかった。仮に乗用車クラスのEVを商品化していたとしたら、トヨタの規模なら間違いなく赤字だろう。現に同社は米Tesla(テスラ)と組んで2012年に「RAV4 EV」を米国カリフォルニア州で販売したが、ほとんど売れなかった。税控除と補助金で最大で1万米ドル(当時の為替レートで80万円程度)もの優遇があったにもかかわらず、だ。

 「Honda e」と「MX-30 EV MODEL」をそれぞれ販売中のホンダおよびマツダも、EV事業だけを切り出せば赤字のはずだ。日産自動車は「リーフ」を10年かけて50万台販売したというが、1年にならせば5万台である。やはり、EV単体では事業的に厳しいだろう。2020年に年間販売台数が約50万台に達したEV専業のTeslaにしても、黒字化したのは最近のこと(通年での黒字達成は同年が初めて)。しかも、クレジット(温暖化ガス排出枠)収入に大きく助けられたというのが実態だ。EVの生産・販売だけを見れば、2021年も通年で最終赤字だった。

 少なくともこれまでは、「顧客の多くが買いたいとは思わず、自動車メーカーは造っても赤字になる」というのが、EVに対する“等身大”の評価だったのである。

 そしてさらに、EV推進派の急先鋒(せんぽう)とも言える欧州委員会にとって「不都合な真実」がある。

 

欧州でHEVEV2倍売れているという事実

 それは、欧州委員会が懸命にEVシフトを推し進めているお膝元の欧州市場で今、HEVの方がEVに対して2倍以上多く売れているという事実だ。

欧州市場における2021年1~9月のEVとHEVのシェア

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欧州市場における202119月のEVHEVのシェア

実は、HEVの方がEV2倍以上のシェアを占めている。(欧州自動車工業会の資料を基に日経クロステックが作成、イラスト:穐山里実)

 欧州自動車工業会の発表によれば、202119月の販売台数は、HEV1871017台で、EV801025台。すなわち、EV人気はHEV人気の半分以下ということになる。しかも、EVの人気は下駄(げた)を履かせたもの。補助金をはじめさまざまな販売支援策が施されている。ドイツなどは最大で9000ユーロ(約116万円1ユーロ=129円換算)もの補助金EVに投入しているほどだ。容量が40k50kWh分の電池パック(ほぼ、EV1台分の電池)の値段に相当するほどの金額である。この不公平さに納税者が怒らないのが不思議なくらいだ。

 「いや、EVは勢いが違うのだ」という反論があるかもしれない。確かに、EVの伸び率は前年同期比91.4とすさまじい。ところが、HEVの伸び率も90.7と引けを取らない。「欧州でEVシフトが鮮明に」と表現するならば、「HEVシフトも鮮明に」と表現しなければ、フェアとは言えないのではないか。

 さらに言えば、欧州で売れたHEVのうち4台に1台以上(26.7%)がトヨタ車だ。トヨタはここ9カ月で50万台を超えるHEVを欧州市場で販売している。ところが、多くのメディアはEVの勢いを報じる一方で、HEVには背を向ける。「欧州でもHEVシフトが本格化」「トヨタHEVが欧州市場でEVを超える人気」などと書かれた記事を、少なくとも記者はこれまで見た記憶がない。

狙いはメディアに浸透したイメージの払拭か

 今回の発表で、トヨタ2030年のEV販売目標として年間350万台という数字をぶち上げた。20219月時点で示していた200万台(EVFCV)の目標を150万台も上乗せした目標だ。果たして、トヨタは本当に350万台ものEVを売り切るつもりか。

 同社のある社員は「本当にそこまで売れるかどうかは分からない。しかし、EVが欲しいという顧客がいるなら、トヨタとしてはそこまで対応するということだ」と言う。同社のOBからは「本音ではトヨタ350万台も本当に売れるとは思っていないだろう」という言葉が漏れてくる。

「レクサス」ブランドのEV

[画像のクリックで拡大表示] 「レクサス」ブランドのEV
2035
年にグローバルで100%のEV化を目指すという。(写真:日経クロステック) 

 どの車種を選ぶかは顧客が決めること。2030年に向けて世界で本当にEVシフトが起きて購入を望む顧客が爆発的に増えれば、トヨタとしては最大で350万台ものEVを生産して提供してみせる。ただし、思ったほどEVシフトが進まなければ、結果としては350万台に全く届かないということもあり得る──。これが「350万台の販売を目指す」とトヨタが発した言葉の「正しい解釈」だと記者は捉えている。

 ただし、会見では「実際にはそれほど売れないかもしれない」「売り切るという宣言ではない」などといった消極的な言葉は一切使わず、30年までに30車種のEVを乗用から商用までフルラインアップで市場投入すると宣言。ほとんどがモックアップと思われるものの、そのうち16もの車種を「形」として披露した。出席した報道陣の多くは「ついにトヨタEVに本気になった」と感じたようで、それをタイトルに出した記事も目に付いた。

 トヨタはかねて「言いたいことがメディアに伝わらない」と悩んでいた。そこで、トヨタEVに対して消極的だと信じて疑わないメディアに理解させる方法を模索していたのだろう。結果、大胆な数字と多数の車両を実際に示すという分かりやすいプレゼンテーションで、トヨタEVに対して後ろ向きではないことを「見える化」したのが今回の発表だ。恐らく、「EVは世間が言うほど売れないだろう」という“本音”を胸に秘めたままで。EVに消極的というメディアに浸透したイメージを払拭するために、ここまで攻めた発表を展開した同社のしたたかさに、記者はびっくりしたというわけだ。

 会見では報道陣からの質問に答える形で、豊田社長は「350 万台、30 車種でも前向きではないというのであれば、どうすれば前向きと評価されるのか、逆に教えてほしい」と語った。この言葉の裏にある“本音”はきっと、「どうだ、うちは30車種で年間販売台数は350万台だぞ。これでもう2度と『トヨタEVに後ろ向き』とは言えまい」というものだろう。満面に笑みをたたえる豊田社長を見ながら記者はそう感じた。

(続く)