カーボンゼロ、クルマの未来はどうなる?(10)

90年代後半の日産の経営危機をルノーが救済する形で両社が資本提携し、ルノーから派遣されたカルロス・ゴーン元会長の下で早々に再生を遂げた日産は、これまで売り上げ・販売台数規模でルノーを凌駕してきた。だが、資本関係ではルノーが43.4%を握る筆頭株主なのに対し、日産はルノーへ15%の出資にとどまり、かつ仏商法上のルールでルノーへの議決権がないという「親子」関係が続いてきた。 

 

 

今回の資本提携見直しの動きは、昨年2月にルノーEV(電気自動車)事業の分社化を公表したことにさかのぼる。ルノーは、この自動車大変革時代に対応した事業改革に乗り出し、特にEV化が先行する欧州地域を強化するべくEV専業の「アンペア」を23年後半に設立、上場させる予定だ。ルノーがこのアンペアにEV技術で先行する日産三菱自の参画での協業を要請したのだ。 

 

 今回の3社の首脳会見では、ルノー・日産の資本関係見直しとともに日産ルノーのEV新会社アンペアに最大15%出資することで合意し、三菱自も「出資を検討」とのコメントを発表、3社が協業する方向で一致した

 

 

 日仏3社連合にとって大きな転機となる今回の動きは、ルノーがEVを軸に据えた生き残りへ資本関係を見直し親会社の立場を捨ててでも新たな協業関係を築きたいとの意向が強かったということだろう。ルノーは2019年度と20年度に連結業績で赤字転落し、22年度の業績もロシア・ウクライナ問題によりドル箱だったロシア事業から撤退したことで損失を計上しており、事業構造改革の必要性は切迫している。ルノーに15%出資する仏政府も今回の合意に同調しており、仏政府から日本政府に書簡が送られてきたことを西村康稔経済産業相が1月に明らかにしている。 

 

 日産サイドとしては「悲願達成」ということになるが、ここに至るまで内部ではいろいろな議論があったようだ。昨年11月にルノーが事業改革説明会を発表した中で、EV新会社アンペア半導体大手のクアルコムが出資するとともに、米IT大手のグーグルと車載向け基盤ソフトなどの共同開発で提携すること、内燃機関エンジン新会社「ホース」には中国・吉利汽車ジーリー)と折半出資することを明らかにした。これに対して日産内部では「知的財産」流出の懸念も出た。

 

 

 本来なら昨年中に合意がなされ12月には3社首脳会見を予定していたが、結局議論は年を越え、1月末に合意共同声明、2月6日に3社首脳会見となった。昨年2月のルノーEV分社化公表から1年を経過しての正式合意に至ったのである。 

 

 日産にとって「独立記念日」ともいえるルノーとの対等出資合意だが、日産の内田誠社長は「対等の立場でいることで、アライアンスが次のレベルへ踏み出すことができる」と、あくまで将来の成長を描くためであることを強調した。それでも資本のくさびから外れた日産がこの新しい船出によって、大変革の時代に企業価値を向上させるため、ルノー以外の「新たなパートナーシップ」を求めて動く可能性もあり得よう。

 

 

 また、今後は日産・ルノーが対等な関係となる中で、三菱自がどう動くかも注目されよう。三菱自は業績悪化した16年に日産が34%出資し「子会社化」した経緯がある。つまり、ルノーの子会社が日産で、日産の子会社が三菱自という3社の関係性が、今後どのように変わるのかが焦点になる。 

 

欧州で厳しい戦いを強いられるルノー 

事業改革への焦りが背景に 

 

 ここで、ルノーの状況について改めて整理しておこう。 

 

 先ほど触れた通り、仏ルノーは昨年11月にパリで事業改革説明会を開き、事業を5分割し、EV部門の新会社アンペアクアルコムが出資することを発表した。また、グーグルと車載向け基盤ソフトなどの共同開発で提携することも発表した。アンペアに加え、ガソリン車・ハイブリッド車など内燃機関車エンジン部門のホーススポーツ車の「アルピーヌ」のほか、金融サービス、モビリティおよびリサイクルサービスの5つに分割エンジン部門のホースは、中国・浙江吉利控股集団吉利汽車と折半出資する新会社となる、というものだ。 

 

 ルノーの新事業形態への移行は、野心的なものであると同時に欧州でのルノーの立場がかなり厳しいものとなっていることの裏返しでもある。

 

 

 フランスでのライバル、グループPSAフィアット・クライスラー・オートモービルズとの統合で14ブランドを抱える「ステランティス」に生まれ変わった。仏政府がバックにあるルノーだが、かつてのゴーン後継と目されていたカルロス・タバレス氏がプジョーを擁する旧PSAに移り、今やグローバルメーカーとなったステランティスのトップに君臨してルノーを大きく引き離している。また、欧州ではフォルクスワーゲンメルセデスベンツBMWのジャーマンスリーがEV化を積極的に進めるほか、中国・吉利汽車傘下のスウェーデンボルボのEV戦略も先行しており、ルノーにとって厳しい戦いが続く。 

 

 その意味では、ルノーは日産からの配当といった「上納金」が業績面で大きく寄与してきたが、ここ数年日産の業績悪化と無配転落により当てが外れ、さらに自社のロシア事業撤退による事業環境の変化で構造変革が急務となってきたのだ。

 

 

 この日仏自動車連合は、そもそも90年代に日産が経営危機に陥った際に、ルノーが救済する形で資本提携して以来続いてきたものだ。 

 

 筆者は、1999年3月27日の東京・大手町の経団連会館での日産・ルノー資本提携発表会見に臨んだ。これは同年7月にダイヤモンド社から上梓した筆者の『トヨタの野望、日産の決断』の中で「日産がルノーを選んだ日」として、当時の塙義一日産社長とシュバイツァールノー会長による会見内容を詳細に記述している。 

 

 99年にルノーが日産に出資した時は保有比率が36.8%で6000億円を出資したが、その後02年に比率を引き上げるとともに(現在は43.4%)、反対に日産がルノーに15%出資して現在の資本関係へと続いた。16年には日産が三菱自に34%出資したことで、親・子・孫の資本構成による3社連合に至った。 

 

 だが、ルノー筆頭株主15%出資しているフランス政府であることから、同社の動向には国策的な意向が常に見え隠れしてきた。ゴーン氏の長期政権による歪みだけでなく、仏政府による「日産統合提案」が19年のゴーン氏の突然の逮捕という出来事の前後にあった。これに対し、日産はルノーによる統合吸収を避けるために、三菱商事ルノー保有株の半分を買い取る案や、ホンダとの提携をひそかに狙ったこともある。 

 

 日産としてはルノーが持つ日産株が43%なのに対して、日産側は15%しか持たない。しかも、仏商法で日産が持つルノー株の議決権は実質的に無効という資本関係は不満だった。ルノーと日産のアライアンスの根幹を成す「RAMA(改訂アライアンス基本契約)」は、日産株主総会でも「不平等なアライアンス状況が改善されないのはRAMAの内容の是非が株主間でも議論に付されていないから」だとして、全面開示を求める議案が提示されたほどだ。 

 

 つまり、日産側はかつての窮状を助けてくれたルノーに恩義はあるが、「ルノーのEV新会社に出資するなら現在の資本関係も対等にするチャンスだ」として交渉が進められた、というのがこの間の経緯である。 

 

 ルノーは事業構造改革が急務であり、欧州地域で活動するアンペアを23年中に、日産と三菱自の出資を仰いで設立、上場させることが今後のカギを握る課題だ。これは今回3社合意に至ったことで、ある程度条件を満足している。 

 

 日産にとっては、24年間にわたる足かせが解き放たれることで自由度は上がるが、この大変革期に単独では生き残れないことは明白で、当面3社アライアンスの「次のステップ」を活用することで日産の価値向上を進めていくだろう。

 

 また三菱自は、ルノー・日産の対等資本見直しは大きな岐路となるが、3社アライアンスの次のステップの中でうたわれている欧州事業の活用が当面のプラス材料となることから、アンペアの参画も前向きに捉えているようだ。3社の中では三菱自の業績回復が最も早く進んでおり、いずれ3社連合の三菱自の立ち位置の変化もあり得るだろう。 

 

 なお、ルノーは日産株28.4%の売却については、株価下落により損失が発生する可能性があることから、すぐに売却せず仏信託会社に委託した後とする。これは日産としては、日産株価の低迷(5年前の1200円弱から現状470円程度に大幅低落)と断続的な無配という状況からの脱却が急務でもあることの裏返しでもある。 

 

 さらに日産は、ルノー提携前からあった経営混乱の歴史がゴーン長期政権で再来した流れに終止符を打って、約四半世紀に渡ったルノー支配から新たな日産の経営を進めることができるかも注目されよう。

 

 

(佃モビリティ総研代表・NEXT MOBILITY主筆 佃 義夫) 


https://diamond.jp/articles/-/317424 

(続く)