──ドイツで市場実験をすればよいのでは?
藤村氏:いや、市場が違います。品質の良くない米国の燃料を使うという意味合いもあるでしょう。台数は少なくても、日本メーカーとは違って全く市場に出さないこととは違います。結局、VW社は日本メーカーのハイブリッド車(HEV)に対抗するクルマが米国向けに欲しかったのだと思います。
日本メーカーがHEVを市場投入した当時、欧州での評価は低かった。「トロトロ走る(市街地のような)モードでは燃費が良いけれど、アウトバーンを走ったら普通のガソリン車よりも燃費が悪いじゃないか」などと言われました。そして、HEVに対抗するクルマとして2005年頃から欧州の自動車メーカーが打ち出したのが「クリーンディーゼル車」だったのです。曰く、ディーゼル車は燃費が良くて二酸化炭素排出量が少ない。おまけに、走りが良いと。
ところが、トヨタ自動車が粘り強くHEVを出し続けたところ、欧州メーカーの予想に反して100万台オーダーの販売実績に到達するようになってきた。これを見て「これはちょっとまずいな。HEVも開発しなければならない」と欧州メーカーが思い出したのが2008年過ぎからです。
VW社は2007年頃から「2020年にはトヨタ自動車を抜いて世界販売台数で世界一を目指す」と言い始めました。これは排出ガス不正を始める少し前のことです。日本メーカーのHEVが環境対応車として米国でも受け入れられているのに対抗し、クリーンディーゼルと銘打ってディーゼル車を米国でも販売して台数を稼ぎたかった、ということではないでしょうか。
──問題のEA189搭載車は米国で2008年から販売されています。VW社が先のソフトウエアの採用を決めたのは2005~2006年頃と言われています。当時は排出ガス浄化システムを造ることは技術的に不可能だったのでしょうか。
藤村氏:不可能だったわけではないと思いますが、彼らにすれば、あらゆる条件において厳しい米国市場に向けて製品を投入することは困難を極めたと思います。実は、2005年にトヨタ自動車で私たちは、排気量当たりの出力が世界最高のディーゼルエンジン「2AD-FHV」を欧州向けに開発しました。排気量2.2Lの直列4気筒ディーゼルエンジンで、出力は130kWです。
このディーゼルエンジンで私たちは排出ガス浄化性能を高めました。200MPaのコモンレールシステムと、PMもNOxも浄化できる触媒「DPNR(Diesel Particulate-NOx Reduction System)」を開発したのです。PMを除去するDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター、ディーゼル粒子状物質除去装置)とNOx触媒(NOx吸蔵還元型触媒)とをコンパクトに一体化させた排出ガス浄化システムです。PMとNOxを両方とも低減するシステムはそれ以前には実用化されていませんでした。
当時(2005年1月~2009年9月)の欧州の排出ガス規制Euro4はPMが0.025g/km、NOxが0.25g/kmであるのに対し、私たちが開発したディーゼルエンジンは、PMが0.005 g/km、NOxは0.018g/kmを実現していました。しかも、これは10万km劣化触媒ですから、10万km走った後の数字です。私たちはこの技術を2005年にドイツのアーヘン・コロキウム(Aachen Colloquium Automobile and Engine Technology)の学会でも発表しました。
このDPNRを実用化するに当たり、私たちは欧州において2002~2003年の1年間、60台のクルマを使って市場実験を実施しました。排出ガス浄化システムはさまざまな条件下で機能しなければなりません。その完成度を高めるには、これくらいの規模のフィールド評価を実施する必要があったのです。こうした評価を経て、まずは2003年に「1CD-FTV」という排気量2LのディーゼルエンジンにDPNRを付けて、ドイツともう1カ国の2カ国に限定して少量販売しました。その後2005年に、「欧州全域に展開だ」というわけで本格的にDPNRを市場投入したのです。
──どのような車種に搭載したのですか?
藤村氏:「カローラ」や「アベンシス」、「RAV4」、「レクサスIS」などに搭載して欧州域で販売しました。当時はEURO4を満たせば良いので、PMを0.005 g/kmまで下げる必要はなかったし、わざわざNOx触媒を付ける必要もありませんでした。しかし、次の規制であるEURO5(2009年)の時代が来たらどうせ下げなければならないのだからと、私たちは先を見据えてEURO5並みの水準までPMとNOxを低減したのです。
この発表を聞いた欧州メーカーは相当驚いたと思います。「トヨタ自動車は、EURO4どころかEURO5もクリアするほどの排出ガス浄化システムを2005年の時点でもう出してきた」と。
私たちが開発したDPNRは、NOxを触媒中に吸蔵、すなわちためておき、ある程度たまったら少し燃料を吹いて排出ガスをリッチな条件にする。そうすると、触媒内に硝酸塩のかたちで吸蔵されている窒素が還元されて大気中に放出されるものでした。窒素になれば環境負荷はありません。一方、PMについては、走行中に再生できずにDPNR 触媒内にたまったものは、ある量の燃料を吹いて排出ガスを高温にして再生するタイプでした。
これに対し、2003~2005年当時の欧州メーカーは、欧州ではNOxの規制が緩やかだったため、NOx触媒についてはあまり積極的に開発していなかったように思います。それよりも、PMを浄化するDPFの開発の方が優先度が高かったのです。
そうした中で、トヨタ自動車がPMを取れるDPF機能を持ったNOx触媒を実用化したのですから驚いたのです。恐らく、VW社もDaimler社もBMW社もNOx触媒を開発中だったとは思いますが、当時はまだ市場投入できる水準ではなかったはずです。ですから、技術的に難易度の高いNOx触媒システムを米国向けに投入することは大変だったと思います。
──VW社が犯したこの排出ガス不正問題は「悪質だ」と専門家から指摘されていますが、どういうことなのでしょうか。
藤村氏:ここからは、元トヨタ自動車の人間ではなく大学の研究者の立場で話をさせていただきます。確かに悪質だとは思います。これは排出ガス規制逃れですね。この排出ガス規制がなぜ存在するかと言えば、大気を汚染から守るためです。ところが、VW社の規制逃れをしたディーゼルエンジンを搭載したクルマは、走行中に排出ガス浄化システムを作動させないことと同じですから、有害物質を大気に放出して走っているのです。自動車メーカーとしてのモラルが希薄だと思えます。
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/415543/032200016/?P=1
排ガス不正で挫折したVWは、ディーゼルを諦めたわけではないが、電動車両開発へ軸足を移してゆく様だ。まあそうならざるを得ないわけであるが、VWとしても、全方位でエコカー対策を進めていた筈であるのでEVなども比較的早く発表できたのでしょう。
(続く)