5.四つ目のポイント
四つ目の原則は、「イデオロギーや好き嫌いの感情を、外交政策に持ち込ん
ではならない」と言うものである。
日本の親米保守には、「アメリカは好きだから、米国の言う通りに日米協力すれ
ばよい」と考えている者が多い。その一方、親中左翼は、「中国は良い国だ。
中国政府の言う通り”謝罪と反省”を繰り返していれば、日中友好は実現するだ
ろう」と思い込んでいる。
しかし外交政策とは、冷静・怜悧なバランス・オブ・パワー計算とコスト・ベネフ
ィット計算によって決められるべきものであり、イデオロギーや好き嫌いの感情
を外交政策に持ち込むと失敗する、と結論付けている。1930年代の日本の大
陸進出はコストが掛かりすぎるものであったので、割が合わなかった。これは(1)
3回のパラダイムシフトの項で述べた。この意味での外交の達人と言われる人に
は、伊藤博文、チャーチル、ド・ゴール、スターリン、周恩来などが該当する、とこ
の筆者は言っている。
国際政治でのリアリスト外交のこの原則は、絶対に忘れてはならないものであ
る。戦前の日本人がこの原則を守っていたら、中国大陸で戦線を拡大するような
愚考は避けられた筈である。そして「気がついたら四方を四核武装国に包囲さ
れ、自主的な抑止力を持てない状態になっていた」と言う窮状は避けられた筈で
ある。外交政策のパラダイムとは、単なる「学者の屁理屈」ではないのである。
きちんとしたパラダイムを選択できない国民は、まともな国家戦略をもつこと
も出来ない、と言うことになる。そこでこの筆者(伊藤貫氏)は次のことを提案し
ている。
・ミニマム・ディフェンス(必要最小限の自主的核抑止力)の構築、そのために
国防予算をGDPの1.2%(6兆円)まで増やす。
・日印軍事同盟を締結する。
・日露協商を構築する。
と言うもの。現在の日本を取り巻く地政学的環境を考えると、自主的な核抑止力
と同盟関係の多角化はバランス・オブ・パワーを維持する上でどうしても必要だ
からである。
核の洗礼を受けている唯一の国の日本としては、核アレルギーがあることは判
る。しかしバランス・オブ・パワー状況において、どれほど日本が不利な状況に
置かれているかを、認識しなければならないのである。日本にとって有利な方向
へ変えるのに役立つ国家とは、感情やイデオロギーを排して協力すべきである、
とこの筆者は結んでいる。将にその通りである。
CIAは、2010年後半にも中国の実質経済規模は世界一になると予測してい
る。更に中国の実質軍事予算は、4年ごとに倍増している。そして米国の軍事
予算は経済危機のため「今後5~6年は増加しないだろう」といわれている。
遅かれ早かれ、中国の軍事力はアメリカのそれを凌駕することとなろう。ならな
いにしても拮抗することとなる。日本を取り巻く地政学的条件は、今後ともます
ます悪くなってゆく。
日本は米占領軍に押し付けられた”平和国家(即ち無力国家)”パラダイム
を捨て、リアリスト・パラダイムを採用すべきである。何時までもアメリカへの
依存主義の外交論を繰り返していると、李鵬の言うように「日本などと言う国は、
20年くらい後には消えて亡くなってしまう」と言う予告が、現実なものとなってし
まう。
ここで二つ、三つ追加しておきたい。
(続く)