番外編・プリウス急加速問題(22)

そんなトヨタではあるが、一般国民はトヨタをまだ見捨ててはいない。外務省などへは「なぜトヨタを守らないのか」と言った電話が、かなりの数かけられて来たという。トヨタにとってはありがたいことだ。

         
【第233回】 2010年3月8日
週刊ダイヤモンド編集部  週刊ダイヤモンドInside

p15.7米国のトヨタ批判をめぐる関係者たちの深謀遠慮

「米国でのバッシングから日本政府はトヨタを守らないのか」

 トヨタ自動車豊田章男社長が米国で涙をぬぐう姿が報じられた2月25日、外務省には一

般国民からの電話が立て続けに鳴った。

 豊田社長は中間選挙を控える議員たちによる政治ショーとも化した米議会公聴会へ出席、

大量リコール問題を糾弾された。その直後に開いた米国の販売店関係者らとの集会で感極

まって泣いた。公聴会の模様と豊田社長の涙に少なからぬ日本国民が驚き、動揺した。

 米国でのトヨタ批判に日本政府は表面化するような大きな動きは見せていない。しかし、少

なくとも一部の民主党議員、外務省、経済産業省といった政府関係者たちは密かに支援に

奔走している。

 2月中旬に駐米大使がトヨタ批判の姿勢を強めるラフード米運輸長官と電話会談したが、こ

うした表向きのものだけではない。同じ頃、トヨタが進出しているケンタッキーなど4州の知事

は連名で米議会に書簡を送り、公平な議論を要求した。その連携の橋渡しを含め、米国でト

ヨタ糾弾派議員に対抗して擁護派が現れてきている陰に日本政府関係者らの人脈や動き

が見え隠れする。

 現段階では、こうした個々の動きが“援護射撃”の限界だろう。小泉・ブッシュ時代とは違い、

政権交代後の日米両首脳はそこまで親密な間柄にあるわけではない。それどころか両国は

米軍普天間基地移設問題などを抱えており、ともすれば日米交渉の具に化けるリスクも無視

できない。

 そもそも米国でバッシングが過熱した要因は複数あり、政治的思惑だけが理由ではない。

安全への信頼を裏切られた消費者たちの怒りが存在する。である以上、「政治の安易な介入

は反発を受ける」と政府関係者。まずはトヨタ自身が最大限の自助努力を尽くさなければなら

ない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)
http://diamond.jp/articles/-/3607

          

マスコミ対応のまずさなどについては、フィナンシャルタイムズでも指摘されている。2009年3月期の4610億円もの営業赤字を計上した後に、社長に就任してしまったために何かと注目されている。社長としては少しでも早く赤字から脱却させたいのは、ヤマヤマである。そのためあらゆることに手をつけなければならない、とある面プレッシャーは相当なものだと思われる。しかし原点にたち返って改革を進めたいと思っている社長の思いへは、なかなか周囲が直ぐにはなびいてくれないところに、なにかと葛藤があるのであろう。

          

p-2ニュースの人「豊田章男トヨタ自動車社長」
2010年2月8日(月)11:04
(フィナンシャル・タイムズ 2010年2月5日初出 翻訳gooニュース) 
ジョナサン・ソーブル、ジョン・リード

豊田章男氏が昨年6月にトヨタ自動車の社長となった時、自分の職務について暗い展望を語

っていた。自分の祖父が1937年に興した自動車会社が世界不況による売上激減で「どん

底」状態にあると語る新社長は、自分たち新経営陣にとって「嵐の中の船出である」と発言し

たのだ。

あれから7カ月たって、トヨタを取り巻く嵐は悪化している。そして船長は甲板下にもぐってし

まったようだ。トヨタは昨年11月以来、危険な問題のあるアクセル・ペダルやフロアマットを修

理するため800万台以上をリコール。人気の8車種が販売一時停止となり、主力商品のハイ

ブリッド車プリウスはブレーキの安全性が問題視されている。「品質のトヨタ」の名は地に落

ちた。

危機管理の専門家たちはトヨタの対応を「自動車産業の歴史で最悪」と呼んでいるが、そ

の間、豊田氏は何週間もほとんど姿が見えなかった。5日夜に記者会見を開いてトヨタ・ユー

ザーに「心よりおわび申し上げます」と謝罪するまで、豊田氏は世間の目からほとんど隠れて

いた。唯一の例外はNHKがとらえた短いニュース映像で、これはNHKの記者がダボスの世

界経済フォーラムでようやく豊田氏を見つけ出して撮影したものだった。

豊田氏は記者会見で遺憾の意を示したが、あれだけでは批判の声は収まらないかもしれな

い。リコール対象車が売られていた外国市場では特に。豊田氏はマサチューセッツ州のバブ

ソン・カレッジでMBA経営学修士)を取得し、カリフォルニア州トヨタGMの合弁企業で数

年働いた経験をもつだけに、英語が上手に話せる(GMとの合弁会社は閉鎖が決まってい

る)。

にもかかわらず世界最大の自動車メーカーは、英語でコメントしてくださいと記者会見の場で

外国テレビスタッフに求められて、対応にもたついた。豊田氏の回答がぎこちなかったことよ

りも、「英語で」という要望が出るだろうとそもそもトヨタの誰も予想していなかった様子は、実

にまずかった。それにも増して、世界中の人々に広く訴えかける必要があるトヨタは思っ

ていなかったらしいのだ。

海外でのリコールについて控え目な報道しかなかった日本でも、豊田氏の指導力について

疑問が浮上
し始めている。トヨタ・グループの業務に深く関わってきた政府高官によると、「ト

ヨタは国際的な会社であろうとするが、あそこは色々な意味で内向きな国内企業だ。豊田氏

の主張は全く社内に浸透していない」と話す。ふだんは激しく忠実な国内の部品サプライヤー

も、表立って「混乱している」と不平を漏らしている。

ぐらぐらして見える豊田氏の社長ぶりだが、準備不足の批判はあてはまらない。53歳の彼は

1984年、父・章一郎氏が経営者だった時代にトヨタに入社。当時は「豊田家のプリンス」と呼

ばれていた。入社後は素早く出世し、10年前には当時トヨタにとって重要性を増していた

事業を担当
。社長になる前は、製品開発と製造(品質管理も含む)の責任者も担当した。

豊田氏はこの間、車に対するしつこいまでのこだわりの持ち主だという評判を獲得。豊田氏

に批判的な人たちも、この点は本物だと認めるほどだ。昨年は、トヨタの新型スーパーカー

「レクサスLF-A」がドイツの過酷なニュルブルクリンク24時間レースに出場した際、チームの

一員に加わっている(出場クラスで4位をつけた)。豊田氏はカーレースや自動車設計につい

てブログをもち、昨年には「スポーツカーの開発は、伊勢神宮の『式年遷宮』みたいなもの」と

も書いている。『ザ・ハウス・オブ・トヨタ』の筆者、佐藤正明氏は、豊田社長を「車オタク」と呼

ぶ。

仲間は彼を優秀だと褒めるが、父・章一郎氏に冠せられた「天才」という形容はあまり使われ

ない。愛知県豊田市トヨタ本社近くにある、名古屋市内のささやかな豊田家自宅で、豊田

氏は父と毎晩、夕食を共にしているのだという。

「章男さんはとても有能だが、今のこれはスーパーマン並みの仕事だ。彼にできるのかどうか

分からない」 豊田氏と直に働いたことのある同社幹部はこう言う。

アナリストや社内関係者によると、豊田一族は決してトヨタ自動車をがっちり支配しているわ

けではない。株式保有率は2%にしかならないし、そもそも日本の経済界では創業者一族の

支配が続く企業の数だけ、創業者一族と決別した企業があるのだ。

経済危機の最中に豊田氏を社長に選んだのは、社内の厳しい構造改革に対する支持を広く

取り付けようとしたからだと、当時さかんに言われた。前任者の渡辺捷昭は、生産能力を

大胆に拡大
し、フルサイズのピックアップトラックSUV(スポーツタイプ多目的車)にまで製

造ラインを広げることで、記録的な収益を実現した。しかしこの戦略は世界的不況のせいで

裏目
に出て、昨年度は前例のない赤字決算を記録してしまった。

豊田氏はいくつかの目覚ましい組織改編を実施している。社長就任と同時に経営幹部の

40%を入れ替え、渡辺体制から閉め出された幹部を呼び戻した。トヨタ社内でも最も経験豊

富な国際派幹部の稲葉良睨(よしみ)氏は、引退から呼び戻されて、北米事業の再編成を託

された。

豊田氏はさらに、批判をあえて求めにいく姿勢の持ち主でもある。リコール危機が勃発する

前の昨年10月、豊田氏はトヨタを「企業の存在価値消滅、もしくは破綻」の瀬戸際にあると

自ら語り、強い印象を残した。「企業の存在価値消滅」とは、経営学者ジム・コリンズ氏が

『How the Mighty Fall(強者はいかにして没落するか)』で掲げた企業凋落の5段階における

最終段階のことだ。

トヨタ自動車の社長はこの時、トヨタが凋落の第4段階「救済を探し求める」状態にあると話し

た。これはつまり、急激で明白な業績悪化を前にした企業トップが、手っ取り早いその場しの

ぎの対策を選ぶか、あるいはそもそも自社を大会社たらしめた根本的な理念に立ち返るか、

選ばなくてはならないという土壇場のことだ。「現場に一番近い社長に」と言い続ける豊田氏

は、まさにこの根本理念への回帰を目指しているのは明らかだ。

ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネス・スクールのジョージ・オルコット氏(シニア・フェロー)

は、1980年代に豊田氏と知り合って以来のつきあいだ。そのオルコット氏は、リコール問題

について豊田氏が沈黙を守ってきたのは、もっと深いところにある社内の構造問題に集中し

ているからだろうと話す。「自分が重視する課題に取り組み、そこから目を逸らさずにいるの

だろう。彼が会議室の机をバンバン叩いていないとしても、意外でも何でもない。自分の性格

を変えるつもりはないだろう」

しかし現在の危機を前に、豊田社長はまさに自分のキャラクターを変える必要があるという批

判もある。今のトヨタは、超然とした戦略家ではなく、ダイナミックなPR担当を必要としている

のだと。

豊田社長は会見の場にやってきて、あらかじめ用意されたコメントを読み上げたら退席してし

まう。歴代の豊田社長は、記者や出席者の質問を自由に受けていたのに――と佐藤氏は言

う。

準備ができる前に社長になってしまったのが、彼にとって最大の不幸だ」

フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら↓(登録が必要な場合もあります)。http://www.ft.com/cms/s/fc4a9b80-128b-11df-a611-00144feab49a,Authorised=false.html?_i_location=http%3A%2F%2Fwww.ft.com%2Fcms%2Fs%2F0%2Ffc4a9b80-128b-11df-a611-00144feab49a.html&_i_referer=
(翻訳・加藤祐子
http://news.goo.ne.jp/article/ft/business/ft-20100208-01.html
(続く)