そして大統領がローゼンに言ったことは、(小生なりに簡単にまとめると)ロシア
は樺太を割譲せよ。残るは賠償金だけである。これはいくら当事国同士で話し
合ってもまとまらない。だからロシアは仏大統領E・ルーべに、日本は英国王エド
ワード七世に委任して、協議してもらいそれを参考にして話し合ったらどうか、
話し合いに時間が掛かるために、その間に日本の感情も静まるのではないか。
と言ったものであったが、確かに日本の要求する12億円は問題である。英仏の
元首まで引っ張り出すと言うことは、いずれにせよ実現の見込みは薄い。大統
領は「日本」への説得も考えているはずだ、と委員ローゼンは好意的に考察し
て岐路に着く。
この日の午後、小村委員は秘密合意を金子元法相に伝え、大統領から委員
ローゼンとの会談内容の把握と、同時に12億円を減額する余地はほとんど無
いことを伝える様依頼する。日本はすでに朝鮮の管理、清国におけるロシア権
益の譲渡、更には南満州鉄道の権益の譲渡も、ロシアに認めさせている。韓国
や満州に関する要求は全て、ロシアに認めさせているので、12億円の減額が認
められないと言うことは、ある意味無いものねだりに近いものであったかもしれ
ない。
そして日本国内でも、ロシアに日本側が押されているとのニュースが優勢で
あった。そのため日本世論は、激昂していた。
8/20(日)、日本側では賠償金15億円としていたものが、12億円となっているこ
とに議論が集中したが、ともかく講和が必須だと言うことで報酬金12億円は多
少の減額があっても講和をまとめるよう、小村に打電された。英紙「ザ・タイム
ス」も、日本の言う報酬金は敗者の賠償金ではなく、シベリア・沿海州を取られな
いための保証金であるから、ロシアは早く講和すべきである、との論調の載せて
いた。
8/21、この日は最終談判を前にして、日本全権団の写真撮影が行われた。そし
て午前11時金子元法相はオイスター・ベイでルーズベルト大統領と会ってい
た。大統領は秘密合意の内容に賛意を表明したが、ニコライ2世に親電を出す
前に、報酬金の減額の可否を聞いてきた。「12億円は多額であれば、これを6億
円とし捕虜費用を1.5億円と見て、7.5億円がよかろう」と言うものであった。金子
が不可と答えると話題を変え、ロシア皇帝宛の親電文を口述しだした。内容
は、日本の妥協案は真っ当なものであるので承諾すべきである、と言うもの
であった。
ウィッテとローゼンは、昼からヨーク・ビーチにドライブに言った。ヨーク・ビーチ
はポーツマスから15~20kmほど海岸沿いに北上した観光地で、蚊の多いウェン
トワースとは大違いであった。
午後5時ドライブから帰着するとロシア外相ラムスドルフより大統領の親電に対
する回答電報が届いていた。駐ロシア米国大使マイヤーが受電次第すぐにニコ
ライ2世に伝達したからであった。その内容は「1フィートの地、1カペイクの金
も与えず。談判打ち切りの電報は明日夕刻送る。」と言うものであった。談判
を断ち切るに際しては大統領が親電を送った以上、大統領にも事前に連絡すべ
きであり、更には明日(8/21月)の夕刻の電報となると、8/22(火)の最終談判は
延期せざるを得ず、8/23 (水)に延期を申し入れた。
記者たちは、大統領が日露両国への調停工作に乗り出していることは知らな
い。しかし大統領が乗り出しても1日では何も出来ない。事態は悲観的だと感じ
ていた。
小村も金子も最終談判が1日延期されたこと、そのことを大統領に知らせるこ
と、親電の内容は穏当であること、談判終結に際しては48時間の猶予を取るこ
となどを電報でやり取りしていた。
(続く)