ALPS処理水放出と習近平の凋落(29)

 世界2位の経済大国である中国が抱えているのは、しぼむ不動産バブル、債務返済に苦しむ地方政府、その両方が重くのしかかる銀行システムだ。 

 

 ほかの国であれば、こうした要因は金融危機の前兆と見なされるだろう。だが中国では違うと、これまでの常識では考えられてきた。理由は、債権を保有しているのが外国人投資家ではなく国内投資家で、政府はすでに金融システムの大部分を支えており、有能な官僚が状況を把握しているから、というものだ。 

 

 これまでの常識は、危険なほど時代遅れかもしれない。 

 

 確かに、2008年のリーマン・ブラザーズ破綻による世界的混乱ほどの崩壊が差し迫っている可能性は極めて低い。 

 

 だが、中国の財政・金融の不均衡があまりにも大きいため、同国のみならずその大きさゆえに世界もまた、未知の領域に足を踏み入れている。中国経済と、習近平国家主席が掌握した指導部が、こうしたひずみをどれほどうまく乗り切れるかは全く読めない。 

 

 問題の大きさは、国際通貨基金IMF)が先ごろ発表した一連の報告書から浮かび上がってくる。 

 

 まず、中国の7-9月期国内総生産GDP)は前年同期比4.9%増と予想を上回ったが、中期見通しは明らかに悪化した。IMFは、同国の今後4年間の平均成長率予測について、1年前の4.6%から4%に引き下げた。成長率が10%だった10年余り前に比べ、債務から抜け出すのははるかに難しくなる。 

 

 IMFはまた、中国の財政赤字予測を引き上げ、今年の対GDP比7.1%から2028年には7.8%に膨らむとみている。主要国でこれに近いのは米国だけで、これは決して安心材料ではない。 

 

 問題を抱えているのは中央政府ではなく、都市開発プロジェクトの資金調達に銀行の簿外融資を利用し、多額の借り入れをした地方政府だ。地方政府の債務残高は対GDP比45%に上り、これを中央政府の債務残高に加味すると、2027年には全体でGDP比149%に達し、イタリアの141%を上回ることになる。 

 

 中国地方政府の主な財源は土地使用権の売却収入だが、購入が激減し、債務返済に苦心している。IMFは、地方政府傘下のインフラ投資会社(LGFV)の30%が「政府の支援なしには成り立たない」と試算する。 

 

 地方政府の債務の約80%を引き受けている国内銀行にとってこれは大きな問題だ。IMFによると、債務再編コストの半分を負担するだけで4650億ドル(約69兆7000億円)の減損損失が発生し、自己資本比率を1.7ポイント押し下げる。 

 

 中国の銀行は国外の銀行に比べ、もともと資本が厚くない。IMFが世界の銀行を対象に実施したストレステストによると、リセッション(景気後退)入りすればこの資本が大幅に減少する。IMFは中国について、3年間の年平均成長率を5%ではなく1%とし、不動産価格が下落するシナリオを検証した。結果は、銀行の自己資本比率が22年の11%から25年には7.1%に低下するというもので、地域別で最も悪かった。 

 

関連するビデオ: 中国の駐日大使 経済協力の重要性を強調「日本からの投資を歓迎」 (テレ朝news) 

Play Videoテレ朝news中国の駐日大使 経済協力の重要性を強調「日本からの投資を歓迎」ミュート解除0ウォッチで表示 

 

 フィードバックループが起きる可能性もある。貸し倒れが増えると銀行は貸し出しを減らす。地方自治体は借り入れができなくなり、投資や社会福祉を削減する。経済成長と不動産価格がさらに低下する。 

 

 このいずれかが起きる可能性はどれくらいあるのか。1980年代に中南米で、90年代に東南アジアで、2000年代にユーロ圏でそれぞれ起きた金融危機は、外国資本の流出によって大きく悪化した。対照的に、中国は世界に対する貸し手で、資本の流出入を厳しく管理している。中国の債務の貸し手は中国自身だ。 

 

 また、中国の銀行は大半が中央・地方政府によって所有・管理されており、破綻させることはおそらくないため、取り付け騒ぎや混乱を防いでいる。最後に銀行の混乱が起きたのは20年前で、不良債権は額面価格で国の資産管理会社に譲渡された。 

 

 だが金融危機は、外国人投資家ではなく国内投資家が逃げ出したために起きることもある。また、2007~09年の世界金融危機のように、即座に猛威を振るうとは限らない。1970年代のスペイン、1980年代の米国(の貯蓄貸付組合)、1990年代のスウェーデンと日本のように、何年もかけてその姿を現わすものもある。 

 

 中国の巨額債務の始まりは、さまざまな意味で典型的なモラルハザード(倫理観の欠如)だ。開発業者や地方政府が多額の借り入れができたのは、いざとなれば中央政府が救済してくれると貸し手が考えたからだ。だがそれは確約ではなく暗黙の保証で、その曖昧さは不安定要因になりかねない。 

 

 調査会社ロジウム・グループの中国担当ディレクター、ローガン・ライト氏は、中国の金融危機について、外部からのショックや、市場価格の下落に伴う突然の資産再評価によって起きることはないと指摘。むしろ、自分の資産は政府によって保証されていると考えていた投資家が、そうではないと知ったときに起きるという。「そうなれば金融市場は、リスクを早急に織り込み直す必要がある」 

 

 実際、「不動産部門はかつて、大きすぎてつぶせないと考えられていたが、突然、中央政府の政策優先順位はそうではないと受け止められるようになった。すると、不動産開発業者の財務に対する疑心が広がり、信用リスクが急浮上した」とライト氏は述べる。 

 

 非中核的資産から政府の暗黙の後ろ盾がなくなれば、小規模の銀行や住宅ローン、さらには地方政府といった中核的資産にももはや政府の後ろ盾はないと投資家は考えるかもしれない。ライト氏はそう指摘する。「これが危機につながりかねない」 

 

 中国当局はこうしたリスクを十分に認識しており、地方政府の債務を再編したり、問題を抱えた開発業者のプロジェクト完了を後押ししたりする暫定措置をとっている。 

 

 だが、中国が20年前のように不良債権を一掃するには、債務が大きすぎ、成長ペースが遅すぎると、ピーターソン国際経済研究所の中国専門研究員マーティン・チョルゼンパ氏は指摘する。また、習氏の下でガバナンスの質が低下していることにも懸念を示す。「気がかりなのは、人材流出、発表される経済指標の減少、国内で経済について論じる場が減っていることだ。(政府は)全体像を把握していないかもしれないと不安になる」 

 

 これは他国にとって何を意味するのか。中国の消費者信頼感を悪化させるような苦しい経済状況が何年も続けば、輸入品に対する需要が縮小し、一方で輸出は増え、国外の生産者を圧迫するだろう。 

 

 また、中国の金融システムは外部と自由につながってはいないため、影響は広がりにくいが、そもそもそのシステム自体が巨大だ。もし動揺が起きれば、その揺れが何らかの形で外へ伝わるのは間違いなさそうだ。 

 

*** 

 

――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター 


 

https://www.msn.com/ja-jp/money/news/中国で金融危機-起きないとは言い切れず/ar-AA1iF7kr?ocid=msedgdhp&pc=U531&cvid=bcf0955b6b2246cb8629372542da4e03&ei=63 

 

https://www.wsj.com/world/china/dont-rule-out-a-financial-crisis-in-china-ed048ef9?page=4 

(続く)