「日本学術会議」は親共・容共組織(25)

任命拒否騒動で、一気に学術会議の知名度が上った

菅首相があえてこの6名の任命を拒否した理由——それは、彼・彼女たちの任命を拒否することが、ほかのだれかを拒否することよりも、社会的にはるかに大きな「反応」を引き出すことができると確信していたからだ。

 

6人の任命を拒否したことが明るみに出たことで、マスメディア以外にもさまざまな領域から、菅首相の意思決定を非難する声が一斉に聞こえはじめた。すでに100近い学会からは抗議の声明が発表されているし、菅首相の母校である法政大学からも抗議声明が出された。自身も経済学者である静岡県川勝平太知事が、きわめて厳しい論調で菅首相を非難したことは記憶に新しい。

 

菅義偉という人物の教養のレベルが図らずも露見したということではないか。菅義偉さんは秋田に生まれ、小学校中学校高校を出られて、東京に行って働いて、勉強せんといかんと言うことで(大学に)通われて、学位を取られた。その後、政治の道に入っていかれて。しかも時間を無駄にしないように、なるべく有権者と多くお目にかかっておられると。言い換えると、学問された人ではないですね。単位を取るために大学を出られたんだと思います
静岡朝日テレビLOOK学者の静岡県知事、菅総理を痛烈に批判「教養レベルが露見した」 日本学術会議問題で』(2020108日)より引用 https://look.satv.co.jp/_ct/17399056

 

だが、こうした「反応」こそ、菅首相が期待したとおりの結果だったのかもしれない。

 

一般大衆には、この騒動が起きる前までは「日本学術会議」の知名度はほとんどなかったに等しい。今回の任命拒否によって多くの界隈からの「反応」が喚起されたおかげでマスメディアに取り上げられ、世間的な知名度が一気に上昇した。同時に「まともに学問をしたことのないような人間には、学問の価値はわからない(のだから口を挟むな)」という、知的エリート層の本音をどうにかして引き出すという狙いも菅首相にはあっただろう。

 

菅首相は「エリートの反応」を利用するつもりではないか

 

その意味においては、川勝知事のような言明は、菅首相にとっては願ってもないものだった。知事の発言はあくまで菅首相に向けられた非難ではあったものの、その言明の射程圏内には多くの一般大衆が含まれており、少なからず違和感や批判の声が挙がっていた。

 

川勝知事の会見から2日後の109日正午までに、約100件の意見が県に寄せられ、その多くが知事の言動を問題視するものだったと報じられている(テレビ静岡「菅総理の教養レベルが露見した」静岡・川勝知事発言に批判の声相次ぐ 学術会議巡り2020109日)。学問の価値は学問を十分に収めた人でなければわからない——という指摘はまったく的外れではなく、もっともな側面もある。だが、もっともな事実であることと、そのようなあけすけな物言いが大衆的な支持や共感を得られない(むしろ反感を買う)ことは両立する。川勝知事をはじめ、菅首相に厳しい声を寄せる人びとは、アカデミアの援護射撃をしたつもりかもしれないが、しかし実際には菅首相によってまんまと利用されてしまったように見える。

 

菅首相はこのようなエリートたちの「反応」を次のステップへの足掛かりとして利用するつもりだったのではないだろうか。あえて乱暴に表現すれば、菅首相による「釣り」ではないか——と。私は当初からこうした疑念を持っていた。現在の動向を見るかぎり、どうやらそれは私の勝手な思い込みというわけではないようだ。というのも、すでに菅政権からは私の疑念を裏付けるような「次の一手」が示されつつあるからだ。

 

 

日本学術会議のあり方」再検討がゴールだったのではないか



こうした世間的注目を受け、菅首相をはじめ自民党は即座に「反応」を返した。



日本学術会議のあり方それ自体も再検討するべきだ——という認識のもと、作業チームを設けて議論を進めることになったのである。そうした議論のなかでは、抜本的な改組や民営化、ラディカルな意見では廃止論さえも飛び出しているとされる。


日本学術会議」の会員候補6人が任命されなかったことを受け、自民党は、「会議」の在り方を検討し直す必要があるとして、来週にも作業チームを新たに設けて議論を始めることになりました。

自民党下村政務調査会長は記者会見で、「日本学術会議」について「法律に基づく政府への答申が2007年以降提出されていないなど、活動が見えていない」と指摘しました。

NHK NEWS WEB
日本学術会議の在り方 作業チーム設けて検討へ 自民』(2020107日)より引用
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201007/k10012652441000.html



自分たちが強権的に自由を侵害しながら「大ナタ」を振るったと印象づけることもなく、今回の騒動で世間的な注目が集まり、日本学術会議のあり方を再検討するという流れに自然に持っていくことに成功したように見える。さらには、大衆的に「改革を断行する実行力のあるリーダー」として印象付けることにも一定の成果を得たようだ。



最初からこのゴールありきで、演繹(えんえき)的にシナリオを描いていったのではないだろうか。このシナリオを成就させるためにもっとも重要な役者が「6人の学者たち」だったというわけだ。菅首相を侮っていたのかもしれない。



今回の騒動は「蟻の一穴」となるかもしれない



日本学術会議は「軍事研究(間接的に軍事に利用されうる学問研究も含む)」に対して、学問はみずから距離を取り、慎重であるべきだとの見解を戦後から一貫して示してきた(自民党としてはこうした「平和的左派」的な彼らのスタンスが疎ましかったというのは否定しえない)。しかしながら、近年ますます緊張が高まる国際関係・安全保障上の問題に関して「平和的左派」的スタンスへの世間の共感が少なからず低下してきたことも、菅首相のこうしたシナリオを実行に移す奇貨となっただろう。



菅首相は「学問の価値がなにもわからない無知蒙昧の徒だから」、日本学術会議の人事に介入したわけではないし、学問の自由に挑戦をしかけたわけでもない。その逆だ。学問には政治的にも社会的にもきわめて重大な役割や影響があるからこそ、そこになんとかして行政の権力を食いこませたいと考えたのだ。今回の騒動は、その「蟻の一穴」として、のちの歴史には記録されることになるかもしれない。



菅首相は、安倍前首相のような政治ショー的な派手さはないし、一見すると平和的で温厚そうな外見や「苦労人」を思わせる来歴からはまるで想像がつかないものの、しかし前首相よりもラディカルで、なおかつ「(したた)か」な人物であるように私からは見える。



あえて喩えるならば「物静かなドナルド・トランプ」である。



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御田寺 圭(みたてら・けい)

文筆家・ラジオパーソナリティー

会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOSシノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を201811月に刊行。Twitter@terrakei07。「白饅頭note」はこちら
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)

https://president.jp/articles/-/39529

 

 

この論考はなかなか長い文章なので、次に、小生なりに要点をまとめてみた。

(続く)