世界の流れは、EV化(2)

欧州自動車メーカー、中国、そして日本の思惑

 ハイブリッド車を排除したいドイツメーカーにとって、今回のEUの方針には同調できる部分もあるだろう。メルセデス・ベンツ30年までに全車をEV化すると発表しており、これが実現すれば35年規制の影響は受けないことになる。現時点で企業別燃費規制であるCAFE規制の罰金が多額に上ると思われるだけに、電動化が急務であることも背景にあるだろう。

 フォルクスワーゲンにとっても、CAFE規制による罰金は利益を消し飛ばしてしまうほどのものだ。だが、アウディやポルシェ(実質的には同一グループだが)は、富裕層向けにeフューエルの販売を行うことを考えているから、エンジンが使えなくなることでこうした計画は見直さなければならなくなるかもしれない。

 芸術的なまでに排気音にこだわるマセラティや、官能的なエンジンフィールを誇るフェラーリなどイタリアのメーカーは、動力がモーターだけになることに全面的に賛成しているわけではないだろう。もっともマセラティが属するFCAとフランスのPSAグループと合併し、ストランティスとして30年までに7割をEVプラグインハイブリッド車にシフトさせると発表したばかりだった。今回のEUの法案によってさらに電動化を進めるのは間違いだろう。

 単にバッテリーEVを強制すれば、前述のように中国製の安いEVが市場を席巻しかねない。それは日本の自動車メーカーにとって脅威であるだけでなく、欧州メーカーにとっても避けたい事態であるはずだ。

 もっともエンジン車が販売禁止となったからといって、バッテリーEVしか販売できないようになると思うのは早計だ。50キロから100キロ程度のバッテリーによる巡航距離を確保したプラグインハイブリッドであれば、実質的にはほぼバッテリーEVということから販売が認められる可能性は高く、加盟国や欧州議会での議論でも検討されることになりそうだ。これはエンジン擁護派にとっては明るい要素ではないだろうか。

 つまりハイブリッド車のバッテリー容量を増やし充電機能を追加すればプラグインハイブリッドに進化できるから、ハイブリッド車を全車プラグイン化すれば規制をクリアできる可能性もある。しかしこれらは楽観的な見方だ。

 これにはネガティブな要因もあるからだ。もしプラグインハイブリッドの販売が認められたとしても、ガソリンスタンドの拠点数は大幅に減少することは避けられないから、利便性の問題や輸送コストが単価に占める割合が増え、ユーザーがプラグインハイブリッドを選択しなくなる可能性もある。

 そうなると商品としてラインアップすることはできても販売は伸び悩み、自動車メーカーの業績を圧迫するだけになってしまうから、実際はバッテリーEVに収束されてしまうことになる。これは悲観的シナリオだ。

 だがエンジンを諦めれば、バッテリーの争奪戦はますます激化して、国内で材料の調達ができない日本の自動車メーカーやバッテリーメーカーのリスクが高まることにつながる。海外生産比率を高めることになれば、国内の雇用は減少し、人手不足を下回ることで経済が破綻へと向かうことになってしまう。

 楽観的シナリオとしては、リチウムに代わる電池材料の実用化だ。ナトリウムイオンバッテリーは、リチウムほどの性能を引き出すことは難しいと考えられてきたが、近年性能の改善が著しい。ナトリウムは海水に含まれるため、日本でも水素と並んで無尽蔵に存在する。

純水素燃料電池の普及と水素エンジンの未来

 水素といえば、空気中の酸素と反応させて電気を作る燃料電池も、脱炭素社会には欠かせないキーデバイスだ。

 35年頃、再生可能エネルギーで純水素が生成できるようになれば、クルマ以外でも燃料電池を使う領域が増えることになる。FCVEVに含まれるものであり、メルセデス・ベンツも現在は乗用車分野では撤退したものの、商用車での普及を経て、再び乗用車にもFCVを投入する日が来ることだろう。

 トヨタが開発を公開した水素エンジンも、もう1つの水素利用の方法として選択肢にはある。しかしこれはエンジン車の販売禁止から水素エンジンが除外されて初めて、使える手段だ。

 水素エンジンには、燃料電池と違って純度の低い水素でも利用できるというメリットはあるが、製鉄工場の副生水素など低純度の水素が発生している場所で使う発電用水素エンジンはともかく、低純度の水素を独立したルートで供給するのは意味がないから、これは実際にはメリットには成り得ない。

 熱エネルギーの小さい水素を熱効率の低いエンジンで消費することは、水素の無駄遣いではないか、という考え方もある。合成燃料のeフューエルより直接的で低コストではあるが、エネルギーロスは確かに小さくない。

 そういった意味ではエンジンを使うのであれば、微細藻類を培養して得られた油から精製したバイオ燃料の方が現実的ではないだろうか。


燃料電池の変換効率は、現在60%弱といわれている。さらにインバーターの変換効率とモーターの駆動損失を考えると50%弱になるから、水素エンジンの熱効率が50%近く(発電用ではすでに成功済みだ)にまで高められれば、実用化の可能性も見えてくる(写真は新型MIRAI、メーカー提供)   

(続く)