注目ポイント①
コンセプトに“あともうひとひねり”欲しい
「SIM-WIL」の運転席。合計5つのディスプレイを装備し、テレマティクスへの対応もアピール。Photo by Kenji Momota
コンセプトは「アーバングルーヴ(都市の絆)」とした。ターゲットユーザーは、「エコーブー
マー」。これはアメリカでいう「ベビーブーマー」の子どもたちで、現在20代前半から30代中
盤の年齢層のことだ。このひとつ上の世代が「エコーブーマー」と若干年代が重なる「ジェネ
レーションY(略称GY)」。その上が「ジェネレーションX(GX)」となる。「エコーブーマー」につ
いて今回の発表では、個人主義、ソーシャルネットワーク派という表現を用いていた。
さて、このコンセプトだが、今回の発表内容のなかで最も、“安易”な印象を受けた。なぜ
なら、アーバン、エコーブーマーという視点は北米市場で近年、自動車商品企画のなかで
使い古された感があるからだ。また、ターゲットユーザーの事例写真もアメリカ人であり、エ
コーブーマーという括りは元来、北米市場向けである。
ただし、この世代はソーシャルネットワーク派ということからも、世界市場において同世代
層間の価値観の平準化が進んでいるため、北米マーケティング用語をそのまま日本市場
で使うことが“コンセプトが的外れ”とは言えない。また「SIM-WIL」事業には、詳細は後述す
るが仏PSA(プジョー・シトロエン社)も参加するなど、海外企業もからんでいる。
こうした、今回の発表が世界市場への発信という大前提に立てば「エコーブーマー」という
ターゲットユーザーは当然なのかもしれない。だが今回参加したメディアはほぼ100%が日
本メディアであり、アーバングルーヴ、エコーブーマーというキーワードに対して「ピンと来
ない?」と思った人も多かったのではないだろうか。
また現在、世界市場では、欧州メーカーや米フォードによるガソリンエンジンの小型化
路線、トヨタによるハイブリッド車とプラグインハイブリッド車の普及訴求が進んでいる。
日本市場では軽自動車の低燃費化、小型ハイブリッド車の普及促進、さらには国土交通
省が近年中に法整備を検討中の、高齢者対策としての廉価な電動移動体“超小型モビリ
ティ”などがある。
そうしたなか、いわゆる「シティコミューター」として位置付けされるEVについて、移動体と
しての存在意義の再認識、または新たなるコンセプトメイキングが必要な時期である。こう
した観点から、今回の「SIM-WIL」のコンセプトは正攻法の安全パイに見える。34の参加企
業の同意を得ようとすると、こうした結果になるのかもしれないが、日本を代表するEVベン
チャーとしては、“あともうひとひねり”が欲しかったと思う。
注目ポイント②
量産車っぽいデザインの理由
SIM-Driveの先行開発車事業第2号、「SIM-WIL」。同社車輌開発統括部長の眞貝知志氏が運転して、関係者の同乗試乗を行なった。乗り心地は量産車レベル。
Photo by Kenji Momota
「SIM-WIL」は全長×全幅×全高=4150mm×1715mm×1550mmの5人乗り5ドアハッチバッ
ク車だ。全長は「SIM-LEI」と比べて550㎜短くなった。空力の実験的イメージだった「SIM
-LEI」に対して、車内居住性など実用面を考慮したボディデザインを用いた「SIM-WIL」で
は、リアオーバーハング(後席中心から車体後部先端までの距離)を600㎜短縮。また、
フロントオーバーハング(前輪中心点から車体全部先端の距離)は衝突安全等を考慮して
50㎜増した結果だ。全幅は車内居住空間を確保するため85㎜増。これに伴い、トレッド
(左右のタイヤの中心間の距離)は、前が「SIM-LEI」より105㎜増の1405㎜、後ろも105㎜
増で1375㎜。ホイールベースは2950㎜で変わらず。タイヤも幅がワンサイズ広が
り、185/60R/15とした。
デザイン全体のイメージについて、担当した畑山一郎氏は、「ダイナミック・モーション・
フォーム」と表現。これはボディのワンフォルムでの一体感があるものの、単調なイメージと
していない、ということだ。だが、同車の全体フォルムは「どこかにありそうな雰囲気」が
ある。
つまり、ヘッドライトのつり目の雰囲気などは、日産「リーフ」や近年のトヨタのハイブリッド
車コンセプトモデル、さらにはプジョーシトロエンなど仏車のイメージがダブる。サイドビュー
では、カーボン加工素材(CFRP)を利用した“カーボン・ドア・マッスル”が印象的だ。リア
ビューは、ミニバン、コンパクトカー、また軽自動車など既存や過去の量産車のイメージ
がダブる。
ベンチャー企業なのだから、もっと尖ったデザインを主張すれば良いのではかな、という
声もあると思う。その点について畑山氏に聞くと「SIM-Drive単独なら当然、もっと尖ったデ
ザインになる。だが(この事業においては)参加企業全体の意見をまとめると、こうしたデ
ザインになる」と言う。結果として「SIM-WIL」はかなり量産車っぽいデザインになったのだ。
ちなみに同氏は、フォードの独デザインセンター、BMWのデザインセンターを経て独立。
日系大手自動車メーカーのデザインにも関わってきた経歴を持つ。
注目ポイント③
同社製のモーター技術の展開
SIM-Driveのウリ、つまり同社代表取締役の清水氏の真骨頂は、低床フラットボディと
インホイールモータだ。ボディについては今回、「SIM-LEI」と同じく、コンポーネントビルトイ
ンシステム式フレームを用いた。その上につけるアッパーボディについては、「SIM-LEI」で
も一体型形状のモノコックではない。鉄系素材を組み合わせてモノコックに近いフレーム構
造で高剛性と耐久性を維持するモノコック・スティール・スペースフレームを採用した。これ
により製造工程への投資軽減と軽量化を実現した。
そしてモーターについては、四輪ホイールの内側に最大出力65kW、最大トルク700Nm
のアウターローター式ダイレクト・インホイールモーターを装備する。
以前本連載で、同社の電動低床フラットバスに関する記事のなかで、同社のモーターは
台湾のTECO(東元電機)社製だと書いた。それは、2011年4月に台北で開催されたEV関
連のシンポジウム展示会「EV台湾」で、TECO社が「SIM-LEI」に採用された同社製品の技
術詳細を公開したからだ。
今回の「SIM-WIL」について記者会見では、搭載するインホイールモーターは、「SIM-LEI」
で課題だった初期作動時の振動などを解消した改良版であると説明されたが、製造者に
ついては未公開だった。そこで筆者は記者会見後半の質疑応答の際、清水氏に「今回、
モーターについて、TECO社の件など、どうして情報公開しないのか?」と聞いた。
それに対して清水氏は「TECOは台湾を代表する大手電機メーカーの東元電機。TECO
は1号車の参加メンバーとして、我々の技術を理解してくれた。そしてその後、技術移転事
業で契約した。台湾でインホイールモーターを生産する相手がTECOとなる。我々はTECO
と台湾を中心とした技術開発の展開で連携する」と語った。
記者会見後、SIM-Drive のインホイールモータ開発部部長・開発監の熊谷直武氏
に、TECOとの関係について再度聞いた。それによると、「第1号(SIM-LEI)も第2号(SIM
-WIL)も(インホイールモータは)弊社の内製だ。その開発のなかで、第1号の技術を
TECOは持って帰っている。(参加企業にとって“オープンソース”という基本契約のため、
それは当然の行為であり)TECOがその後、自社で量産化したいということになり、技術移
転契約(ライセンス契約)を新たに結んだ。
そのため、TECOが自社製造する製品はTECOオリジナルだが、基本技術は弊社製と同
じとなる。その上で、台湾現地での各種事情によって、例えば加工方法や、低価格材料の
採用や高級材料の使用など、TECOの考え方を用いて製造販売される。TECOは台湾、ま
たは中国市場向けを考慮しているのかもしれない。そうしたなかで弊社は、TECOに対し
て、技術支援をしていく」(熊谷氏)。なお、熊谷氏は三菱重工から三菱自動車工業に移
り、同社の初代EV開発グループを立ち上げ、その後に三菱ふそうで大型バス等の開発に
携わったという経歴を持つ。
またもう1点、モータについて今回明らかになったことがある。それは、PSA(プジョーシト
ロエン)が既存量産車の小型車シトロエン「DS3」を、SIM-Driveのモーターを搭載したEVに
コンバートする案があったことだ。
PSA関係者によると「今年3月のジュネーブモーターショーに出展の可能性があった。
だが結果的に、ハイブリッド車を発表した」という。ジュネーブショーではPSAは、前輪駆動
の量産型ディーゼルエンジン車の後輪を、前輪駆動系とは分離して電動化させる方式の
ハイブリッド車「プジョ3008 ディーゼルハイブリッド」を展示。これは独ボッシュ社の電装系
ユニットと歯車系製造者のGKNの技術を連動させたものだ。
このPSA向けEVについて、前出の熊谷氏はこう語る。「これは、弊社と東京R&Dによ
る、EVコンバート関連子会社の「stEVe」社がPSAの相談を受けた案件。弊社のインホイ
ールモータ用のモータを、既存量産車のエンジンを外した状態で車軸中央に配置する案の
ひとつだった。こうした弊社モータの搭載位置をホイール内型だけでない位置に搭載す
る事例についても今後検討する」(熊谷氏)。
(続く)