カーボンゼロ、クルマの未来はどうなる?(30)

しかし「水素」であれば、それを燃焼させてもCO2の排出はないので、トヨタなどはこちらに注目しているようだが、EUでは、BEV一辺倒から(ドイツの提案で)「合成燃料」の使用も許可されることになったようだ。 

 

 

EUがエンジン車容認 高価格の合成燃料、利用は限定的か 

ヨーロッパ2023年3月26日 17:27  

欧州委員会と独政府は2035年内燃機関車の新車販売を禁止する方針を撤回し、合成燃料の利用を認めることで合意した=ロイター     

 

【フランクフルト=林英樹】欧州連合EU)が2035年にガソリン車など内燃機関車の新車販売を禁止する方針を事実上撤回した。温暖化ガス排出をゼロとみなす合成燃料の利用に限り販売を認める。ドイツの反発を受け入れた格好だが、合成燃料はガソリンの2〜5倍と高額で、船舶・航空など限定的な利用にとどまる公算が大きい。 

 

「欧州は技術的な中立を保ち(35年以降も)手ごろな価格の車を選択肢として持ち続ける」。ウィッシング独運輸・デジタル相は25日、ツイッターでこう発信し、合成燃料の利用継続でEU欧州委員会と合意したと明らかにした 

 


 

電気自動車(EV)と燃料電池車への完全移行を進めていたEUに対し、ウィッシング氏が所属する独政権与党の自由民主党FDPが「選択肢を狭める」と反発。欧州議会が2月、内燃機関車の禁止を承認したものの、EUのエネルギー担当相理事会が最終決定を先延ばししていた。 

 

同理事会は28日にも修正した法案で合意する見通し。正式決定には加盟27カ国のうち15カ国以上の賛成などが必要になる。イタリアやポーランドも修正案を支持する一方「欧州議会の合意を覆すのは意思決定プロセスの崩壊を招く」(ラトビアのカリンシュ首相)との批判もあり決定に時間がかかる可能性がある。 

 

FDPが土壇場で反対に転じた背景には、関係が深い独自動車業界の抵抗があった。フォルクスワーゲンVW)のオリバー・ブルーメ社長はEVシフトと合わせて「既存車両の脱炭素化では合成燃料が有効だ」と強調する。独自動車工業会(VDAヒルデガルト・ミュラー会長も「解決法をオープンに模索する必要がある」と合成燃料の利用を訴えていた。 

 

急激なEV化に伴う失業懸念も後押しとなった。独公共放送ARDが3月に行った調査では、67%が内燃機関車の禁止に反対し、賛成の25%を大きく上回った。FDPは22年10月の独北西部ニーダーザクセン州議会選挙で議席を失っており、支持率回復のために動いた面も大きい。 

 

自動車での合成燃料の利用は限定的にとどまりそうだ。工場や発電所から回収・貯蔵した二酸化炭素(CO2)と再生可能エネルギーによる電気分解で得た水素でつくる合成燃料の価格は高い。日本の経済産業省の試算では、再生エネが安い海外で製造すると1リットルあたり約300円、国内だと約700円で、ガソリン価格の2〜5倍に相当する。 

                                                     

ポルシェとシーメンスエナジーが立ち上げた合成燃料の製造工場。陸上風力発電でつくる電気で水素を生成する(22年12月、チリ南部プンタアレナス) 

 

大量生産による将来のコストダウン効果も見込みにくい。VWグループ傘下のポルシェと独シーメンスエナジーが22年にチリで合成燃料の工場を立ち上げたが、独ポツダム気候影響研究所の調査によると、35年までに世界で計画されている工場は60カ所にすぎない。 

 

独自動車エコノミストのマティアス・シュミット氏は「合成燃料は航空船舶など電動化が難しい移動手段で優先的に使われ、乗用車向けにはほとんど回ってこないのではないか」と指摘。35年時点ではEVの価格が大きく下がり、車向け合成燃料はスポーツカーなど限定的な用途でしか使われないとの見方を示す。 

 

制度の整備も課題だ。合成燃料は燃焼時にCO2を排出する。既存のガソリンとどの程度混合すれば実質的に排出ゼロとみなせるか、削減効果を企業間でどう分配するかといった具体的な指針も新たに必要になる。 

 

日本勢が強いハイブリッド車(HV)を排除するなどEV一辺倒だったEU。課題は多いものの現実的な修正に動き出した意義は小さくない 

 

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尾三四郎 伊藤忠総研 上席主任研究員       

 

分析・考察 

高級車ブランドにとって都合の良いルール変更をしたに過ぎない。合成燃料の高コストを許容できるのは高級車を買う富裕者。VWは大衆車ブランドにおいては低価格EVのラインナップを拡充し、高級車のポルシェではe-fuelの有効性を訴求する。低コストのリン酸鉄リチウムイオン電池を積極採用するメーカーが増えたことでEVシフトの加速がより明確になった。この状況で合成燃料を容認したとしても脱エンジンの潮流を後退させるものにはならないとEUは判断したのだろう。グリーン水素を製造するためには依然として再エネが必要。脱エンジンで若干のブレーキをかけるだけであり、脱炭素に向けたポリシーメイキングを弱めるわけではない。 

2023年3月26日 21:15 

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR254FK0V20C23A3000000/?n_cid=NMAIL006_20230327_A 

(続く)