カーボンゼロ、クルマの未来はどうなる?(40)

3.e-FUELを使う内燃機関は欧州で作られることはない

 これも単純な話で、先ほど説明した通り、欧州委員会にそんなことを決定する権限はない。そしてそれが正に証明される形で、25日に内燃機関の生産継続が確定したのだ。 

 

 仮に別の世界線の話として、仮に本当に決定権のあるEU理事会が欧州での内燃機関禁止を決定した前提で考えても、彼らにも、欧州の自動車メーカーが内燃機関を作って域外で売ることも規制する権限はない。 

 

 仮に欧州員会やEU理事会が全地球規模で脱炭素に責任を持つのであれば、まず欧州は化石燃料の生産と輸出を止めるべきだ。環境優等生のノルウェーはエネルギー自給率600%。確かに自国で利用するエネルギーは限りなく100%が水力発電由来だが、それで澄ました顔をして暮らせるのは北海油田から産出される自国のエネルギー消費の5倍もの石油を海外に売って外貨を稼いでいるからだ。論旨に重大な矛盾があるというより、ティメルマンス氏は各組織の権限とその及ぶ範囲を全く理解していないと感じる部分である

。 

 

4.e-FUELは排出ガスフリーではないからダメ

 

 これは重大な齟齬(そご)をきたしている。e-FUELは、大気中の二酸化炭素と水素を使って生産する合成燃料である。そしてこれこそが25日に内燃機関の存続条件として認められた合成燃料そのものだ。e-FUELは、大気中にあったCO2を、燃焼時に元あった大気中に戻すだけなので、二酸化炭素の増加を招かない。地中に安定的に固定されているカーボンを大気中に放出してしまう化石燃料とはそこが違う。 

 

 この総量で増えなければOKという概念がカーボンニュートラルで、ティメルマンス氏のような欧州全体の環境政策を決める立場にある人物が、カーボンニュートラルを理解していないのは重大な問題である。もし、カーボンニュートラルすら認めないということになれば、例外なく一切の二酸化炭素排出を全部止めなくてはならない。そしてそれには人間の呼吸も含まれることになる。もはやめちゃくちゃである。 

 

 だからこそ、欧州委員会の決定はティメルマンス氏のインタビュー内容と真っ向対立する形になった。現実的な話として欧州員会の決定プロセスとティメルマンス氏の理解や解釈には齟齬がありすぎる。どう考えてもスポークスマンとしては相応しくないし、本質的に言えば明確な異分子である。 

 

ハイブリッドに関する「デマ」も 

 

5.ハイブリッドの2035年以降販売禁止はEU全体の決定事項

 

 これはもはやデマだと言っても良い。決定権を持たない立場の人が決定事項だなどと言っても意味がない。フランスのルノー新型ハイブリッドを開発して売り始めたばかりだが、もしそんな決定がなされているなら、彼らの行動はまもなく禁止されるものをわざわざ開発したことになる。確定している規制を理解できずに投資をするほど愚かな会社だとでもいうつもりだろうか? 少なくともEU理事会はそんな決定をしていない。 

 

6.タイヤやブレーキパッドから出る公害についての規制を行いたい

 

 これはまた新たな分断を生むことになるだろう。ティメルマンス氏の発言を引用すれば「ご存じのように、EVは内燃エンジン車よりも重いからです。そのため、より強力なブレーキが必要で、より多くのタイヤを使用することになります。ブレーキパッドやタイヤから出る公害を減らすようにしなければなりません」とのこと。 

 

 これについては欧州委員会の内部で取り組んでいるところでまだ提案はしていないとのことだが、ブレーキとタイヤのダストについては解決のめども立っていない。となれば、ついにBEVも禁止することになりかねない。 

 

 理想主義も極まれりと言うべきか。世間が望んでいる「これまでよりちょっと余分にコストを払えば、むしろキラキラして便利で環境コンシャスな生活が手に入る」という幻想を明らかに侵食し始めている。 

 

 世界の多くの人は、環境問題に対して貢献することはやぶさかではないと思っているが、そのために無限に犠牲を払えるかと言えば、その許容限度はそれぞれに違う。 

 

 分かりやすい話で言えば「昆虫食」みたいなもので、世界から飢餓をなくすために、肉食を減らしましょうとか、牛より豚、豚より鶏のほうが、単位重量あたりの餌の量が少ないから、豚や鶏を選択しましょうというくらいならたぶん多くの人が許容できる。そんなに多くはないかもしれないが、コオロギを食べることを許容できる人もいるだろう。できる人ができる範囲で、世界の問題に貢献するのは原則的には良いことだ。 

 

 ただ、そういう状態で肉食を禁止して、現実的な選択肢をコオロギだけにするなどと言い出したら、おそらく多くの人は反発する。理想はともかく、あまりにも急進的な、しかも強制力を伴う規制で現状を変えようとすると支持が得られなくなる。 

 

 内燃機関だって同じだ。減らせる範囲で減らしていきましょうという話は同意できるし、それで楽しいEVライフが送れる人は存分に楽しめば良い。ただそこに内燃機関に対する極端な規制や、内燃機関ユーザーに対する極端な批判が入ると、反発を招くのは当然だろう。 

 

今後の環境政策をどう進めていくか(画像はイメージ、出典:ゲッティイメージズ)     

 

 欧州委員会はそのラインを踏み越えてしまった。EUの中で反乱が起きたのは、過度な無理強いを進めすぎたからであり、むしろ今後の環境政策を破綻なく進めていくためには、もう少し穏便なやり方があるのではないだろうか。 

 

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)       

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。 

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。 

 

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2303/27/news032_5.html 

(続く)