カーボンゼロ、クルマの未来はどうなる?(46)

VWトヨタ自動車のトップ交代 

 

 この数年、筆者は本社だけでなく、研究開発拠点や工場、販売店などを訪れ、多くの経営幹部や関係者などを取材してきた。できるだけ現場に足を運び、話を聞こうとしたのは、欧州を代表する企業であることはもちろんのこと、日本を代表する企業であるトヨタ自動車との類似点が多いからだ。 

 

 それぞれの会社概要を見ると、VWグループの従業員数は約67万人で、トヨタの従業員数は連結で約37万人。単純比較は難しいが、関連企業やサプライヤーも含め、それぞれの国で最大規模の雇用を生み出している会社だろう。共にドイツと日本という経済大国を背負う立場の企業だ。 

 

 その2つの巨大企業が、世界的な電動化という歴史の大きな転換点に立っている。 

 

 VWディーゼル不正の後に、会社の命運をEVに懸けた。EVの需要拡大のスピードについては見方が別れるものの、中長期的に自動車がEVにシフトしていくという見立ては一致するところだ。EVシフトはエンジンを中心に成り立った自動車産業のエコシステムを壊していくだけに、あらゆるところであつれきが生じている。事業構造転換という意味では先頭を走るVWの悪戦苦闘は、良くも悪くも日本の産業界の参考になるのだ。 

 

 あつれきの分かりやすい例の1つが、経営の混乱だ。22年9月に当時のヘルベルト・ディース最高経営責任者(CEO)が解任され、ポルシェCEOのオリバー・ブルーメ氏VWグループのCEOに就任した(参考:VWディースCEO退任 テスラ礼賛の破壊的改革とEVシフトの行方)。 

 

 ディース前CEOはSNS(交流サイト)を利用するなど積極的にメディアに登場するタイプだったが、ブルーメCEOはあまりメディアに出ていない。ブルーメCEOにとってはVWグループの22年12月期の決算発表が、今後の経営戦略を語る場になった。 

 

 ちなみにトヨタ4月1日に豊田章男社長が会長に、佐藤恒治執行役員が社長に就任し、近く新体制の方針を発表する。くしくも日本とドイツを代表する企業が近いタイミングでトップが変わり、新しい戦略を推進していくタイミングが重なった(トヨタのEV戦略については改めて検証する)。 

 

ミスター・フォルクスワーゲンは何を変えるのか 

 

 ブルーメCEOは1968年にVW本社があるウォルフスブルクの近くで生まれ、そのキャリアの多くをVWグループで過ごしてきた。94年に独アウディに研修生として入社し、その後セアトやVWブランドに所属。主に生産部門の責任者を歴任しており、「ミスター・フォルクスワーゲン」と言える。安定したリーダーシップでポルシェの収益力を高めてきた。 

                                             

VWグループのブルーメCEOは3月14日、記者会見で経営戦略を語った 

 

 筆者も実際に握手をして、立ち話をしたが、他人の話に耳を傾ける姿勢が伝わってくる。ディース前CEOより労働組合との関係が良好というのは、生産部門が長いだけではなく、こうした物腰の柔らかさも影響しているのだろう。VWの経営において、トップ交代による変化は徐々に現れ始めている。 

 

ポルシェ、1兆円近い営業利益 

 

 本社でのEV試乗会の翌日、3月13日月曜の決算会見にブルーメCEOが登場した。襟の開きが広いワイドカラーの白いワイシャツに、タイトなスーツ姿で現れる。まず強調したのは、2022年9月の新規株式公開(IPO)の実績だ。ブルーメCEOは、「IPOの成功という我々の夢はかなった」と胸を張った。 

 

 VWグループへの利益貢献という意味で、ポルシェの存在感は大きい。営業利益は前期比27%増の67億7000万ユーロ(約9600億円)で、VWグループのそれの約3割を占める。ポルシェの営業利益率は自動車業界としては脅威の18%に達する。23年の営業利益率目標は17~19%に設定している。 

 

 VWのディース前CEOがEV専業の米テスラへのライバル心を隠さなかったのは、高級車市場でテスラの存在感が高まっているからだ。同社は直接販売などでマーケティングコストが相対的に安いこともあり、22年12月期の利益率が16.8%とポルシェに迫っている。 

 

 こうした背景もあり、ポルシェはEVの開発と販売に力を入れている。EV「タイカン」の22年の販売台数は3万4800台で、同社の旗艦車種「911」の販売台数に迫っている。VWがEVシフトに自信を深める理由の1つには、タイカンの成功もあるだろう。24年にはSUV(スポーツ多目的車)「マカン」のEVモデルを発売する。EV比率は25年に50%、30年に80%という目標を設定しており、これはVWグループ全体の中でも高い比率だ。 

 

ドイツ、合成燃料でEUの暫定合意を覆す 

 

 だが、ポルシェにとって残りの20%に大きな意味がある。今回のブルーメCEOの説明で最も力がこもっていたのは、二酸化炭素(CO2)と水素でつくる合成燃料「e-Fuel」についてだ。再エネからつくった合成燃料はエンジン車で燃焼させても実質的にCO2排出量がゼロと見なされ、エンジンの利用継続に道が開ける。ブルーメCEOは「長距離を走る車のために、e-Fuelは必要だ」と語り、エンジン車で合成燃料を使う立場を明確にした。 

 

 

 ブルーメCEOは「e-Fuelが認められてもEV戦略は変わりない」と述べた上で、「EVとe-Fuelの間には争いはない」とそれぞれを両立できる考えを示した。「欧州では電動化できるかもしれないが、南米やアフリカ、インドなどではそう簡単にいかないだろう」と指摘し、そのために合成燃料が1つの選択肢になる考えを示した。 

(続く)