彼らが「倭人」であり、その特徴は、「入れ墨」をしていた事だと、昨日も書かせて頂いていますが、これは「日本・大和(ヤマト)」の特徴ではありません♥
で、その「3世紀」の邪馬台国以前の時代、そこから数百年前の紀元前108年以前に、支那人は日本に百余国あったことを知っていたわけです♥
「 様々な事実が明らかになった今でも、系統言語学の成果を知らず、Y染色体も知らず、日本では縄文前期からイネが作られていたことも知らず、考古学も知らず、文献根拠も示さず、
「大陸から稲作の技術とともに中国人や韓国人と同じモンゴロイドという弥生人が渡来し…私は弥生人が主流だと考えていますし…」 (八幡和朗 『最終解答 日本古代史』PHP文庫)
なる根拠なき珍論をいう方がいる…
そして日本の建国について、戦後になると多くの歴史学者が「神武東征はウソだ、日本書紀はウソだ」と言い出し、日本建国のいわれを排除し、科学的根拠もないままに、
「日本人は渡来人と縄文人の混血民族だ」、
「韓国は日本人の祖先の国だ」、
「日本人の祖先は江南から来たシナ人だ」、
「渡来人が日本に稲作を教えた」、
そのような「ウソ」が公教育や司馬遼太郎などの作家、マスコミ、大学教授などを通して流され続けたのです。…
このようにして、戦後の日本人は日本の建国、自分が何者か、自らの出自が分からないまま今日に至っている、そのように見受けられるのです。
子供の頃、生家の床の間には「天照大神」と大書した掛軸が掛けられ、その上には今上陛下の婚礼写真が掲げられていました。では天照大神とはどのような神様だったのか、ご存じない方もおると思うので、戦前に教えられていた建国史の一端を紹介します。
この根拠が日本書紀(720年に第44代元正天皇に奏上)です。ですから戦前は誰もが日本の建国を答えられました。
「日本は神武天皇が橿原(かしはら)の地に第1代天皇として即位された皇紀前660年2月11日に建国されました。それが今上陛下の御先祖様であり、私たち日本人には神武天皇の血が入っており、皇室は私たちの祖先なのです。そして皇室の御先祖様は天照大神です」 と。
日本書紀の特徴は、神武天皇以後を歴史時代とし、その前を「神代(かみよ)」としたことです。神代には不可解な話も多いのですが、古代の人々はそれを「神話」として区別する理性を持っていたことが分かります。
古代史とは、自分と関係ないと思う方もいますが、木に喩えればそれは私たちの根です。根がしっかりしていればこそ、幹が太く高くなり、枝葉を伸ばし、花や実をつけることができるのです。」
詳しくはこちらをご参照♥
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☆日本はどのようにして建国されたのか ~ 根拠なき珍論を繰り広げる八幡和朗
(http://oyakochoco.jp/blog-entry-1168.html)
(続く)