そのため長い間、固体電解質が探し求められていたが、固体電解質は内部抵抗が大きく電気出力が小さくモノにならなかった。ところが2011年東京工業大学の菅野了次教授とトヨタ自動車が液体電解質に匹敵する出力が得られる個体を発見し、全個体電池の研究開発が進展しだした。
トヨタはこの物質を特定するのに5年の歳月を要しており2011年に特許を取得していたが、韓国のサムスンとマサチューセッツ工科大学(MIT)は合同で、材料の膨大なデータをコンピューターを使って特殊な処理を施し、わずか1年でその物質の組成を解明してしまった。特許はトヨタが取得したとはいえ、その追い上げはおそるべしと言える。
次世代電池開発でトヨタの5倍速、危機感与えた米韓連合
2019年11月1日
今年のノーベル化学賞の受賞テーマとなったリチウムイオン電池。旭化成名誉フェローの吉野彰氏が共同受賞者となったこの研究は、素材分野で日本が高い競争力を持っていることを改めて世界に知らしめた。だが、その優位性が揺らぎかねない技術革新の波が押し寄せている。量子コンピューターやAI(人工知能)を使った材料開発の波だ。日本は戦っていけるのか。4回シリーズの第1回は日本の電池研究者に危機感を募らせた出来事から振り返る。
10月23日、米グーグルの発表が世界を駆け巡った。最先端のスーパーコンピューターで約1万年かかる複雑な問題をわずか3分20秒で解いたとする内容だ。超高速処理を実現したのは、原子や電子といった小さな粒子の世界で起こる現象を利用する量子コンピューター。従来のコンピューターでは困難な問題を瞬く間に解く「量子超越」を達成したことを意味する。
量子コンピューターはいずれ材料開発に役立つ日が来るかもしれない(写真:Google/AFP/アフロ)
もちろん、グーグルが解いた問題は乱数がつくる計算問題で、幅広い計算に対応できるようになるには、まだまだ時間がかかる。それでも国立研究開発法人、物質・材料研究機構(NIMS)の出村雅彦氏は「今回のグーグルの成果は材料開発の効率化につながる」と期待を込める。これまで人の勘に頼りながら実験と試作を繰り返して生み出してきた新素材が、量子コンピューターによって瞬時に作り出せる可能性があるからだ。
もっとも、量子コンピューターの実現を待たなくても、材料開発のプロセスはすでに大きく変わり始めている。革新をもたらしたのが「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」と呼ぶ手法。化学領域に情報科学の知見を取り入れて、目的とする材料の組成や構造を素早く割り出す試みだ。
コンピューターの性能向上やAI(人工知能)の進化と相まって、「昨年くらいから『使えそう』と考える研究者が増えてきた」と前出の出村氏は指摘する。
ただし、日本勢は悠長に構えてはいられない。7年前の苦い経験を思い出す必要がある。
2012年10月。韓国サムスン電子と米マサチューセッツ工科大学(MIT)が次世代電池として期待の高まる全固体電池に関する1本の論文を共同発表した。全固体電池は、現在、主流のリチウムイオン電池に比べて「燃えにくい」「熱に強い」といった特性を持つ。より安全で、より短時間にたくさんの電気をためられるようになれば、1回当たりの充電で走行できるEV(電気自動車)の距離は延びる。そうした特徴を見越して、日本ではトヨタ自動車が早くから研究を進めていたことで知られる。
全固体電池の開発に携わっていた日本の研究者が後に衝撃を受けたのは、トヨタが約5年かけてようやくつかんだ電池材料の組成を、サムスン・MIT連合はわずか1年弱で突き止めていたことを知ったからだ。いわば、サムスン・MIT連合はトヨタの5倍速で次世代電池を開発していたことになる。
サムスン・MIT連合はなぜ1年弱で成し遂げられたのか。よりどころにしたのが、MIだった。材料に関する膨大なデータをコンピューターを使って処理しながら、全固体電池に必要な特性を備えた材料の組成を見つけ出していた。
秘密裏に研究を進めていたトヨタは、すでに11年の時点で特許を申請していた。特許公開はサムスン・MIT連合の論文発表の1カ月後の12年11月。トヨタは特許権を先に得ることはできたものの、「驚異的なスピードで追い上げるサムスン・MIT連合に対する危機感は一気に高まった」と当時を知る関係者は明かす。
サムスン・MIT連合には米国の国家戦略が絡んでいる。
マテリアルズ・ゲノム・イニシアチブ(MGI)──。11年に当時のオバマ米大統領が打ち出したこの国家戦略は、材料分野にコンピューターを持ち込み、未知の素材開発に弾みをつける狙いがあった。コンピューターを駆使して生物のゲノム(全遺伝情報)解析を猛スピードで進めることで生命科学や新薬開発に革新をもたらした成功体験を材料分野に持ち込んだのだ。そして、サムスン・MIT連合にも、MGIの中心人物が関わっていた。材料開発におけるデータやAIの重要性が世界で認識されるようになったのは、こうした経緯があった。
マテリアルズ・ゲノム・イニシアチブを主導するのが米マサチューセッツ工科大学。自然界に存在する膨大な種類の材料データを駆使して、次世代電池材料の開発を効率化している(写真:Boston Globe / Getty Images)
米国は15年までの5年間で550億円以上を投じ、MIで世界をけん引する役割を果たしてきた。こうなると、米国と技術覇権争いを繰り広げる中国も黙っていない。中国は100億円規模の国家予算をつけ、中国科学院などが連携して、中国版MGIを推進。各地方政府も巨額の予算を投じているとみられる。
中国では製造業の高度化を目指す「中国製造2025」でも材料分野を重点領域にしている。具体的な研究内容は明らかになっていないが、海外から優秀な研究者を積極的に引き抜いており、脅威とみる日本の研究者は多い。
韓国でも15年からの10年間に300億円の政府予算をつけた国家プロジェクトを立ち上げた。数学やITの産業に勢いを持つインドなども、「やがて日本のライバルになる」(材料開発者)とみられている。
実験を繰り返しながら職人的な勘も使って画期的な新材料を創り出してきた日本。リチウムイオン電池で今年のノーベル化学賞を受賞する旭化成の吉野氏らも地道に新材料を探索したからこその成果だった。
だが、MIが広がれば、そんな職人的な芸当は通用しなくなる可能性が高い。量子コンピューターやAIが瞬時に新材料を探り当てるようになれば、日本の強みは発揮しづらくなる。
財務省の貿易統計によれば、化学製品や鉄鋼など日本の素材産業の18年の輸出額は、全体の22%を占め、同23%の自動車など輸送機器に次ぐ比率を誇る。そんな素材産業に押し寄せるMIの波。日本勢は引き続き、世界をリードできるのか。次回から詳しく見ていく。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00076/102300001/?P=1
その全個体電池とは、一体どんな電池なのであろうか。
電池の正極と負極の間にイオンが通過する電解質が液体であるものが、リチウムイオン電池・LIBであるが、その電解質が個体のものが全個体電池である。電気を通す個体が見つかったものの、ただ単に電気を通すだけでは電池としてはモノにならないのだが、全個体電池とはどんなものであろうか。
(続く)