ALPS処理水放出と習近平の凋落(74)

日本の中国離れも加速 

 

台湾企業の中国離れは、日本企業の行動にどのような影響を与えますか。 

 

柯氏:30年前に日本企業が中国進出を加速した際、その多くは台湾企業の力を借りました。今回、台湾の動きが呼び水となり、半導体などハイテク分野で日本企業の中国離れが進んでいくでしょう。ハイテク分野の製造センターとしての中国の重要性は3年後にはかなり低下すると見ています。 

 

 中国企業にとって、台湾と日本企業は技術の源です。中国離れが進めば、中国の産業構造の高度化が非常に難しくなる。人件費が高騰する中、低付加価値の産業は中国から出ていかざるを得ない。そうすれば、中国経済は産業の空洞化がかなり深刻化してくるでしょう。 

 

一方で国民党など野党候補が総統選に勝利した場合の対中関係はどうなると見ていますか。 

 

柯氏:大きく変わらないでしょう。米国は中国に対して台湾問題への不介入を要望していますが、そのメンツを潰してまで国民党や台湾民衆党が中国政府に歩み寄るとは考えにくい。野党候補者が勝利しても中台関係は劇的に改善しないでしょう。 

 

 

対中強硬派の民進党政権が続くことで、中国政府による武力行使を含めた台湾有事のリスクを指摘する声もあります。 

 

柯氏:台湾が独立を宣言しない限り、中国政府が武力行使に出ることはないでしょう。民進党も認識していて、時間稼ぎをしています。防衛力の強化に金と時間がかかる中、中国政府を刺激するのは得策ではないと考えているはずです。 

 

中国による台湾への武力行使の可能性をどう見ますか。 

 

柯氏:中国経済の低迷が続き、台湾の平和統一が現実味を帯びなくなれば、習国家主席の「4期目」入りが厳しくなってきます。目立った成果がなく、いよいよ追い詰められれば、台湾への武力行使に打って出る可能性が高まりそうです。 

 

米新政権は制裁を継続 

 

米中関係についてお聞きします。24年11月の米大統領選で民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の一騎打ちになる可能性が高そうです。選挙結果は中国政府にどのような影響を与えそうですか。 

 

柯氏:米大統領選で民主党共和党のどちらが勝利するかは予断を許しません。ただどちらに転んでも、中国政府にとっては厳しい状況が続くでしょう。中国政府は、トランプ前政権の末期には民主党政権になれば米中関係はいくらか改善すると期待していました。でもその後のバイデン政権では結局、米中関係は全然よくなりませんでした。 

 

 どちらが勝利しても半導体などハイテク分野での制裁の手は緩めないでしょう。食料などの汎用的な商品では関税などの緩和が進むかもしれません。 

 

足元ではトランプ氏有利の声もあります。 

 

柯氏:中国政府にとってはどちらが勝っても大変ですが、トランプ氏は気まぐれなので何をするか分からない部分があります。 

 

 ただ、トランプ氏はビジネスマンでもあるので、より自国の利益を優先しそうです。そうなれば、日本など同盟国に対する支援が弱まりかねません。台湾有事の際にどこまで米国が台湾を守るのかは見通せず、東アジア周辺の地政学リスクが高まる可能性があります。           

 

 

中国経済の今後をどう見ますか。足元では景気の低迷が指摘されています。 

 

柯氏:中国経済は「ゼロコロナ政策」が終了し、個人消費を軸にV字回復を果たすと見られてきました。ただ蓋を開けてみると、23年夏以降、景気減速が目立ち始めました。中国国内の研究者と議論しても悲観的な論調になっています。 

 

 理由はいくつかあります。想定外だったのは若年失業率です。16~24歳の若年層の失業率は2割を超え、中国政府は公表を中止しました。親交のある中国国内の研究者にとっては、自らの教え子が失業する様子を目の当たりにしており、実際の数字以上に事態は悪化していると口をそろえます。コロナ禍の3年間で多くの中小企業が倒産しており、雇用の受け皿となる企業が少ない。かなり時間がかかると見ています。 

 

 そして何より問題なのが不動産不況です。30年前の日本とは状況は違いますが、中国の不動産バブルはすでに崩壊したとみるべきです。不動産大手は債務不履行(デフォルト)に陥り、中国政府がどこまで救済するかが焦点になっています。ただコロナ禍で中央政府や地方政府の財政は厳しく、大規模な財政出動も難しい状況です。政府の対応次第ではより厳しい状況になると見ています。 

 

 この問題で最も弱い立場なのが不動産を購入した消費者です。中国では選挙がなく、救済される優先順位が低い。経済的な不満が爆発すれば、抗議活動に発展し社会不安に陥りかねません。 

  

そして外資による「中国離れ」も顕著になってきました。製造業を中心に外資が中国から東南アジアなどに移転することで、バリューチェーン全体に影響を及ぼしています。 

 

中国経済が厳しい中でも23年は5%前後という経済成長目標を何とか達成できそうですが、24年の経済成長をどう見ますか。 

 

柯氏:中国経済のファンダメンタルズを考慮すれば、もう少し高い成長率を実現してもおかしくない。22年はコロナ禍でも3%成長を果たしたのに、23年が5%前後しか成長できないのは低すぎます。 

 

 雇用の悪化、個人消費の低迷、そして外資の流出と、景気に関するすべての要素が赤信号状態です。23年はV字回復するはずが「L字」にとどまり、24年はこのL字からさらに下がっていく可能性があります。そうなれば雇用がさらに厳しくなり、不動産バブル崩壊と併せて中国の社会不安が拡大しかねません。 

 

 3期目に突入した習政権ですが、すべてにおいて「Too Late、Too Small(遅すぎて小さすぎ)」です。思い切った措置が何も取れていません。 

(続く)