岡田監督に物申す。(10)

そして大会開始。米スポーツ専門局「ESPN」のサイトは、「グループリーグで良

かったこととひどかったこと」という6月25日付コラムの中で、

http://soccernet.espn.go.com/world-cup/columns/story/_/id/5327421/ce/us/best-worst-group-stage?cc=4716&ver=global

「最優秀選手=アルゼンチンのメッシ」とか「最優秀監督=アルゼンチンのディ

エゴ・マラドーナ」、「最悪監督=フランスのレイモン・ドメネク」、「最もつまらない

試合=イングランドアルジェリア」などに並んで、「最も意外だった選手=

日本の本田圭佑
」を選出。その選出理由は、「日本の岡田武史監督が目標を

準決勝に定めた時、熱でもあるのかと思われたものだが、ブルー・サムライは

本田の絹のような技術のおかげで実際にベスト4にたどりつくかもしれない」か

らだ、と。

   
MOST SURPRISING PLAYER: Keisuke Honda, Japan
It seemed Japan coach Takeshi Okada was delirious when he set his sights on the semifinals, but the Blue Samurai might just get there thanks to the silky skills of Honda. His turbo-charged performances in midfield propelled Japan ahead of all but Holland in Group E.

    
つまり、高熱にうかされてうわ言を口にした男と見なされていたわけです、岡田

監督は。国内外で。この約1年間というもの。


それが大会の蓋を開けてみれば、誰もが驚く日本の躍進。そして、誰もが驚く

欧州強豪の苦戦。その対比があるからでしょうか、FIFA公式サイトの26日付AF

P記事では、日本が「against all expectations(あらゆる予想を覆して)二次リー

グに進んだ」ことで、岡田監督が「regained credibility(信用を取り戻した)」と。


そしてさらに驚いたことに、米『ニューヨーク・タイムズ』が28日付で、岡田監督の

名誉回復に関する詳しい記事を掲載しました(なぜ驚きかというと、サッカー不

毛の地だったアメリカのメディアがワールドカップについて詳報するのを見るた

びに、私は脊髄反射的に驚いてしまうからです。あまりに隔世の感があって)。


そのタイトルも「Japan’s Coach, Once a Punch Line, Is Having the Last

Chuckle(かつて笑い話のオチ扱いだった日本の監督、最後に笑うのは彼だ)」

と。「punch line=冗談のオチ」扱いされていたわけです、岡田監督は。いやはや。


(——と思ったら、その後、この記事の見出しが「Japan’s Coach Is Having the

Last Chuckle(最後に笑うのは日本の監督)」となり、「punch line」という表現が

記事本文からも削られていました。ネットの場合、記事掲載後の修正は誰でもや

ることですが、記者や編集の誰かがちょっと言い過ぎたかと思い直したのだとし

たら、それもまた「岡ちゃん、ごめんね」現象の一環では、なんて)


○「ベスト4」発言は「狂気ではなかった」と

ジェレ・ロングマン記者は書き出しからいきなりこうです。「2カ月前、1カ月前、い

や2週間前でさえ、この厳しい男の言葉に耳を傾けようという者はほとんどいな

かった」と。さらに、「岡田武史の言うことをまともに受け止められるはずなどな

かった。日本が準決勝に? 国外でW杯の試合に勝ったことのないチームが? 

準決勝まで行くという岡田の予言は、戯言に聞こえた。岡田は笑い者になった

のだ」とまで。

  
にもかかわらず、日本は「surprisingly(意外にも)」決勝トーナメントに進出。「日

本のファンはチームにブーイングするのを止めた。岡田をクビにしろと言うのも

止めた。代わりに、日本時間では真夜中に始まり明け方に終わる試合を、国民

の40%が見つめているのだ」。


記事は「53歳でメガネをかけていて、コメントの端々に宗教や哲学や歴史につい

ての講義を挟み込む」岡田監督が、倒れたオシム氏の後任に急きょ選ばれてか

らというもの、いかに日本国内で批判され続け、「悪い冗談」扱いされ、トルシエ

元監督には「岡田の頭は混乱している」とまで言われ、サポーターからはクビに

しろクビにしろクビにしろと言われ続けて来たかと、まあ、サッカー好きの日本人

には周知のあれこれを列挙していきます。


そして記事は、大会開始と共に岡田監督が「日本で最も有名な選手、クリエー

ティブなMF中村俊輔をベンチ送りにして、脱色して金髪の本田圭佑をただ一人

のストライカーとして配置した」ことを特筆。さらに「本田は、髪の色は偽物かもし

れないが、その技術は本物だ」と、本田選手の金髪にこだわっています。日本人

がなぜ金髪なのか、読者に説明しておかなくてはと思ったのかもしれません。


さらに「パラグアイを破った場合、日本は準々決勝でスペインかポルトガルと対

戦する。なので、日本の準決勝到達は今でも難しそうだ。しかし岡田の予言は今

では正しく評価されている。あれは狂気ではなく、動機づけだったのだ」と。

「ベスト4」発言は決して戯言ではなく、選手に本気を出させるための計算づくの

発言だったのだと。『ニューヨーク・タイムズ』紙上で、岡田監督の発言は戦術の

一環と認められたわけです。


長いことサッカーに不熱心だったアメリカのメディアがW杯を詳報しているだけで

驚く私は、『ニューヨーク・タイムズ』だけでなく、よりによって『ウォール・ストリート

・ジャーナル』までもが岡田監督の復権について書いているのを見て、仰天しま

した。

http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703615104575328652571719466.html


○エゴのぶつからない戦う集団に

記事は、日本の16強進出は、ずっと疑われてきた岡田監督にとって「redemptio

n」だったと。この言葉は直訳してしまうとイエス・キリストの「贖罪」なのですが、

それでは意味が通りません。この場合は「復権」とか「名誉回復」というほどの意

味でしょうか。


そしてこの記事が、Twitterで繰り広げられている「岡ちゃん、ごめんね」の「謝罪

ハシュタグ」、「#okachan_sorry」を紹介。「okachan」は日本語で岡田監督の愛

称だ、とまで説明しています。岡田監督へのこれまでの批判は今や、「in Okada

we trust (我々は岡田を信じる)」的なスローガンにとって変わられている、と。少

し解説しますと、「in God we trust (我々は神を信じる)」というのがアメリカ合衆

国のモットーで、紙幣や硬貨にも印刷されている言葉です。そのもじりが、「in

Okada we trust」なわけです。「God」を「Okada」に入れ替えたわけです。うわ

あ……。


さらに同紙は、岡田監督の成功をこう分析。「過去の外国人監督が伝えられな

かったメッセージをようやく、選手たちに伝えられたことが、岡田氏の成功の要

因だと言われている。つまり岡田氏は選手たちに、日本人らしさを減らせ (be less

Japanese) と伝えたのだ。このため選手たちは、目上の人の命令に無条件に従

うべしという日本の文化的規範を脇に置いて、もっと自由に個々の判断で行動

するよう要求されたのだ」と。

(続く)