カーボンゼロ、クルマの未来はどうなる?(136)

波紋を呼ぶ「メイドインアメリカ条項」 

 

さて、問題はここからです。 

米国でEVを購入するための実質的な補助金として、従来より「税額控除」という仕組みがありました。これはEVを新車で購入した場合、生産された国などにかかわらず最大7,500ドル(各メーカーの累計EV生産台数に応じて徐々に削減し、最終的にはゼロになる)を所得税から控除できるものです。 

 

ところがインフレ抑制法では税額控除の要件が変更となり、累計生産台数の制限はなくなるものの、その代わりに以下のような新たな要件(一部抜粋)が追加されています。 

 

主な要件 

必須かどうか 

達成により加算される
税額控除額 

(1)価格が5.5万ドル(バンやSUVピックアップトラックは8万ドル)未満であること 

   

 - 

(2)車両の最終組み立てが北米(米国、カナダ、メキシコ)で行われていること 

   

 - 

(3)電池材料の重要鉱物のうち、調達価格の40%が自由貿易協定を結ぶ国で採掘あるいは精製されるか、北米でリサイクルされていること→'27年には80%になる 

  どちらか必須 

 3,750ドル 

(4)電池用部品の50%が北米で製造されていること 

→2029年には100%になる。 

 3,750ドル 

 表:インフレ抑制法で補助金(税額控除)の対象となる主な要件(控除額は個人の場合) 

 

このなかでも特に問題として挙げられているのが(2)~(4)で、製造や採掘を米国などに限定することから「メイドインアメリカ条項」とも呼ばれています。発端はEVの重要な部材を中国などの対立している国や地域に依存している現状を問題視したもので、国内産業の支援に加えて安全保障を強化する狙いがあると見られます。さらに(3)は2027年に80%、(4)は2029年に100%まで段階的に引き上げられる予定で、自動車メーカーは継続的な対応を迫られています。 

 

ところで、現時点でこれらの要件を満たす車種はいくつあるのでしょうか。例えば以下の米国政府のサイトによると、2022年11月頭の時点で(2)の「北米で組み立てられている」という要件を満たすEVは2022年モデルで合計26車種、2023年モデルで9車種がリストアップされています。 

 

【参考サイト】
Electric Vehicles with Final Assembly in North America(北米で最終組み立てされているEVの一覧) 

https://afdc.energy.gov/laws/electric-vehicles-for-tax-credit 

 

 

このなかで日本メーカーとしては日産リーフの1車種のみが対象となり、現在北米で組み立てられていないマツダMX-30やホンダe、日産アリア、トヨタbZ4Xなどは対象外となっています。 

 

さらにこの26車種のうち、(3)や(4)の要件となる「電池材料の重要鉱物の調達先」や「電池用部品の製造国」もクリアできる車種はさらに限られることになります。例えばテスラでは米国で販売している多くの車両で米国製の電池を使用しており、同社CEOのイーロン・マスク氏は「達成できることを期待している」と発言しています。ただし米国の大手自動車メーカーであるGMは「数年程度の移行期間が必要」とし、Fordも「柔軟な解釈を要請している」との報道もあり、2022年末の期限内に要件を達成できるかどうかは不透明な状況です。 

 

各国政府や自動車メーカーの対応 

 

インフレ抑制法の成立直後から多くの国や地域、さらに自動車メーカーなどが「自由貿易協定やWTO協定に違反している」などとして、解決に向けて様々な行動を起こしています。 

 

例えば韓国は9月5日に米国政府に対して議論を促していることを公表、その後10月12日には米国政府の担当者が韓国を訪問して自動車や電池関連メーカーと面会。中国は9月22日に「必要に応じて自国の利益を守るために行動を取る」と宣言し、欧州も10月25日に米国との間で正式にタスクフォース(議論の場)を設けることを公表したほか、仏マクロン大統領や独ショルツ首相が報復措置を示唆した上で、要件の緩和を要求ています。 

 

一方で自動車メーカーや電池メーカーレベルでは北米に生産拠点を移したり、拡大する動きが相次いでいます。8月下旬には韓国ヒョンデが米・ジョージア州の組立工場の建設を加速し、生産開始を2025年から2024年へ前倒しすることを発表。テスラカリフォルニア州の電池生産ラインの拡張を申請し、独・ベルリン工場よりも米・テキサス工場での電池生産を優先すると発表しています。 

 

日本メーカーについてもトヨが3,250億円を投じて米・ノースカロライナ州に電池工場を建設、ホンダは米オハイオ州の既存工場でEVも生産できるように改修、さらに同州に韓国LGと合弁で電池工場を建設することを発表しています。 

 

諸外国の政府がメイドインアメリカ条項に対して要件の緩和を要求する一方、現時点で米国で販売しているEVが少ない日本メーカーや政府は静観を続け、11月に入るまで大規模な行動は起こしていませんでした。この状況に対し、テスラ外部取締役の水野氏は10月18日にTwitterで「同盟国かつ今まで米国の雇用を増やしてきた日本は猛烈に抗議すべきと思うけど、静か」と指摘しています。 

 

そしてこの指摘から2週間が過ぎた11月4日、ようやく日本政府(経産省・外務省)及びトヨタ自動車が米国政府に対し、日本車や日本製の電池などを税額控除の対象に含めるよう、正式に要請がありました。このタイミングでの要請は、リコールにより販売が停止していたbZ4Xの販売が再開したことも関係しているかもしれません。いずれにしても評価に値する行動であり、今後も要件の緩和などの結果が出るまで、継続的に対話を続けることが重要でしょう。 

(続く)