ALPS処理水放出と習近平の凋落(9)

【2】日本社会の「分断」を図る 

 

これは中国の「アメリカ批判報道」でよく見られるパターンだが、北京のテレビスタジオからではなく、アメリカ人にマイクを向けて、自国政府の批判をさせるのだ。例えば、ドナルド・トランプ政権時代には、「反トランプ」の人々に、いかにトランプ大統領が悪辣な政策を行っているかを言わせていた。 

 

昨年からは、バイデン政権下の高インフレで、いかに庶民が生活で苦しんでいるかを、アメリカ人に語らせている。今月のハワイの山火事の時も、ハワイの住民に当局の批判をさせていた。 

 

同様に、今回の福島の一件では、CCTVが日本で日本人にマイクを向けて、岸田文雄政権批判をさせるということが、連日行われている。放水に反対する地元の漁業関係者はもちろん、例えば「日本環境保護組織代表・山崎久隆」という日本人が登場し、処理水の海洋放水がいかに危険に満ちたものであるかを説いている。 

 

そうやって、「善意の市民と圧制を強いる岸田政権」という日本人同士の対立構図にしているのだ。日本の分断を図る高等戦術とも言える。 

 

後述する日本産の水産物の輸入を禁止する措置も、同様だ。これによって、日本の水産物関連業者たちに「岸田政権に対する怒りの声」を挙げさせ、日本社会の分断を図っていく。そうした声に野党も加わってくれば、中国としては望ましい限りだ。 

 

【3】中国国内の混乱を恐れている 

 

現在、中国のSNSやネット上で流布している一篇の論文がある。2021年11月26日、英オックスフォード大学が発行する『ナショナル・サイエンス・レビュー』誌に、中国人の5人の専門家(劉毅・郭雪卿・李孫偉・張建民・胡振中の各氏)が、連名で寄稿したものだ。 

 

関連するビデオ: 処理水で高まる反日感情…過激な抗議 一方で中国当局は“デモ容認せず”? 政府の狙いは… (日テレNEWS) 

読み込み済み: 5.84%再生現在の時刻 0:01/期間 10:16品質の設定全画面表示日テレNEWS処理水で高まる反日感情…過激な抗議 一方で中国当局は“デモ容認せず”? 政府の狙いは…ミュート解除ウォッチで表示 

 

タイトルは、「福島原発事故で処理された汚染水の放出:巨視的・微視的なシミュレーション」。そこでは、以下のような論を展開している。 

 

〈 マクロシミュレーションの結果、汚染物質排出の初期段階では、汚染地域は急速に増加し、30日以内に緯度40°×経度120°に達することが明らかになった。海流の影響で、汚染物質の拡散速度は、経度方向よりも緯度方向の方がかなり速くなる。 

 

放出から1200日後、汚染物質は東方と南方に拡大し、北米とオーストラリアの海岸に到着。北太平洋地域のほぼ全体を覆う。その後、これらの汚染物質は、赤道海流に沿ってパナマ運河に移動し、南太平洋に急速に広がる。2400日以内に、太平洋への拡散とともに、汚染物質のごく一部が、オーストラリアの北の海域を通ってインド洋に広がる。 

 

3600日後、汚染物質は太平洋のほぼ全体を占めるようになる。日本列島付近では汚染物質の排出が起こるが、時間の経過とともに、汚染物質濃度の高い海水が、北緯35度に沿って東に移動する…… 〉 

 

この論文に添付された資料によって、「放水から240日(8ヵ月)後に、中国に核汚染水が押し寄せる」としているのだ。つまり、「日本の核汚染によって中国の海も汚される」という主張だ。 

 

そのため、中国はまず、日本産の水産物を水際でストップするという挙に出た。日本が放水を開始した8月24日、中国海関(税関)総署が、「2023年第103号公告」を発令した。 

 

日本の福島の核汚染水の海洋放出が食品の安全にもたらす放射能汚染の危険を全面的に防止し、中国の消費者の健康を保護し、輸入食品の安全を確保するため、「中華人民共和国食品安全法」及びその実施条例、「中華人民共和国輸出入食品安全管理弁法」の関係規定、及びWTO世界貿易機関)の「衛生と植物衛生措置の実施協定」の関係規定に基づき、税関総署は決定した。2023年8月24日(この日を含む)から、一時的に日本産の水産品(食用水産動物を含む)の輸入を、全面的に禁止する  

 

日本はこうした動きを「過剰反応」と捉える。だが中国では、「北朝鮮の核実験」という前例がある。 

 

いまから10年前の2013年2月12日、北朝鮮が3回目の、かつ金正恩キム・ジョンウン)政権になって初めての核実験を行った。この時、中国環境保護部は、「東北地方の核汚染による大気汚染は逐一発表する」という緊急声明を発表した。 

 

北朝鮮の核実験は、中朝国境から約100kmしか離れていない豊渓里(プンゲリ)という実験場で行われる。実際、核実験が行われた時、中国吉林省の国境付近では地震が発生し、中国側の住民たちが青ざめた。さらに、「大気が核汚染されていく」という風評被害が広まった。 

 

そのため、国境沿いの吉林省遼寧省ばかりか、北京の北朝鮮大使館前や、南部の広州などでも、「朝鮮の核実験を許さない!」「朝鮮への援助を停止せよ!」といったプラカードを掲げたデモが起こった。当時の中国政府は、こうしたデモを抑えるのに四苦八苦した経験があるのだ。 

 

今回も、「日本からの核汚染水がやって来る」という風評被害が発生。食塩の買い占めや、放射能計測器の買い占めまで起こっている。 

このまま放っておいては、いずれ市民の「怒りの矛先」が、日本政府から中国政府に転化するかもしれない。何せ周知のように、現在の中国経済は最悪で、街には失業者が溢れているのだ。中国政府は、そのことを一番恐れている。 

 

【4】市民の怒りの矛先を日本に向けさせる 

 

前述【3】と表裏一体のことだが、中国政府には、いまの大不況の状態を、日本に転嫁したいという思惑も、チラリとあるのではないか。 

 

8月24日に山東省の日本人学校に中国人男性が投石、25日に江蘇省日本人学校に卵が投げ込まれる……。 

 

北京の日本大使館は24日、10万2066人(昨年10月1日時点での外務省発表)の中国在留邦人に向けて注意喚起を出した。 

 

〈 8月22日、日本政府は、ALPS処理水の具体的な放出時期を8月24日と発表し、24日から放出が開始されました。現時点では、当館において、ALPS処理水の海洋放出に起因して日本人が何らかのトラブルに巻き込まれた事例は確認されておりませんが、不測の事態が発生する可能性は排除できないため、注意していただきますようお願いします 〉 

 

さらに翌25日にも、注意喚起が追加された。 

 

〈 昨日(24日)、不測の事態が発生する可能性は排除できないため注意していただくようお願いしましたが、以下の点について留意していただきますよう改めてお願いいたします。 

 

(1)外出する際には、不必要に日本語を大きな声で話さないなど、慎重な言動を心がける。(2)大使館を訪問する必要がある場合は、大使館周囲の様子に細心の注意を払う 〉 

 

これはかなり異常事態だ。さらに、中国のレストランなどでは、「食材産地調整公告」が入口に立てられ始めた。これは、日本を原産地とする食材は一切使っていないという意味だ。 

 

こうした状況は、2012年9月11日に、日本政府(野田佳彦民主党政権)が尖閣諸島を国有化した時に似てきた。当時ほどインパクトは大きくないが、中国の経済状況は、当時とは比べ物にならないほど悪い。 

(続く)