ALPS処理水放出と習近平の凋落(72)

 例えば、昨年の春晩では、文工団の歌手やダンサーが、赤や白、金色の衣装で、プロとしての歌や踊りを披露していた。背景の大画面には空母など勇ましい映像が映し出され、国威発揚がテーマにはなっているものの、さほどきな臭い印象はなかった。 

 

 だが、今年の春晩の解放軍プログラムに出演したのは実際に戦闘を行う本物の兵士たちだった。具体的には北京に駐在する装甲部隊66477部隊だ。こうした実戦部隊の兵士による春晩でパフォーマンス、現実の上陸作戦を連想させるような出し物が行われるのは初めてという。しかも兵士たちは舞台衣装ではなく、作戦行動用の迷彩服と装備をまとっている。 

 

 兵士たちが謳う軍歌「決勝」は「使命を肩に、忠誠は私の告白」「強い志を胸に抱き、永遠に負けたとはいわない」などという、祖国のために命を懸けて忠誠を誓うという内容の歌詞。さらに「戦場で夢を追い、絶対に未来を勝ちとる」という歌詞もあり、これは戦争を非常に肯定的にとらえたフレーズで、兵士や人民を戦争へと鼓舞する内容にもなっている。新華社は「兵士子弟が祖国を守ってくれるので、安心して春節を過ごせる」とポジティブにこの春晩プログラムを報じていたが、外国人から見れば、なんともきな臭いメッセージを受け取ってしまうだろう。 

 

 海外の一部華人の間でも「血腥い殺戮を連想させる」と大変不評で、新年を祝う娯楽番組でここまで戦争を想起させる出し物は初めて、という声が相次いだ。 

 

解放軍が習近平への「忠誠」を演出 

 

 今年の春晩に文工団が出演しなかったのは、近年の軍制改革によって、文工団が大幅に縮小されたからだと思われる。現在、一般の解放軍兵士にも手当が削減されたり、支払いが遅延したりして、その予算不足が表面化している。このため、直接戦力にならない文工団の文職者たちはどんどんリストラされており、今残っている文工団は3つだけらしい。春晩に実戦部隊が登場するようになって、ますます文工団はその存在意義を失ってしまった。 

 

 この春晩の解放軍プログラムについて、米サウスカロライナ大学エイキン校の謝田教授はボイスオブアメリカに「台湾を恫喝するだけでなく、同時に米国の顔色を窺って、中国共産党の野心を表明している。中共はある種の微妙なシグナルを発し、台湾、あるいは南シナ海で、西側自由世界と軍事的に衝突する可能性をほのめかしている」とコメントしている。1月の総統選で与党副総統の頼清徳が当選したことに対する、中国側の恫喝行為という見方もある。 

 

 2023年は、すでにこのコラム欄でも紹介したように国防部長やロケット軍幹部十数名が一気に失脚する事件が起きており、解放軍の習近平に対する忠誠と戦闘力に懸念が生じる状況だった。今回の春晩の解放軍によるこのプログラムは、実戦部隊に戦争への意欲と習近平体制への「忠誠」を宣伝する狙いもあったかもしれない。 

 

【関連記事】
中国・習近平の粛清でポンコツ化した解放軍、統制不能で暴走懸念は最高潮 

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78872  2024.1.12(金)福島 香織 

 

 中国メディアによれば、今年の春晩の視聴率は最近の6年間で最も高く、平均視聴率は30%を超えたという。だが、ボイスオブアメリカがSNSのXを通じて中国人ユーザーにアンケートをとったところでは、春晩を見ない、という回答は例年よりも多く69.2%で、24.9%は今年の春晩の出し物は好きではない、と回答。今年の春晩のプログラムを好きだ、と答えたのは6%にとどまった、という。 

 

「春晩を見るのは、春晩を嘲笑するため」「春晩に対して、最も良いのは見ないこと、話題にしないこと、視聴率を上げないこと」「春晩は指導者に見せるためのもので、庶民の娯楽のためではない」などといったコメントが集まったとか。 

 

ウイグル人春節を祝う様子を放映した理由 

 

 もう一つ、春晩の不穏なムードを濃くしたのは、春晩開始以来、初めて新彊南部のカシュガルに分設会場が設置され、ウイグル人のダンサーや歌手たちの出し物がふんだんに出されたことだろう。イスラム教徒のウイグル人春節を祝う習慣はない。春節漢人の習慣だ。だが、ウイグル人春節を祝って見せる様子を、カシュガルからライブで全国に放送したのだ。 

 

 カシュガル地域は、ながらく新疆独立派が多い地域として中国当局からの警戒が強いところであったが、春晩分設会場が設けられて、除夕(中国の大晦日)に全国で生放送できるということは、中国メディアの立場からいえば、「この地域の安全が大幅に改善されたことのアピール」ということになる。だが、ウイグル側、人権派にとっては「ウイグル人の漢族化に成功したこと、エスニッククレンジング成功のアピール」と言えるだろう。これも、ウイグル人に対するジェノサイドを非難する西側国家に対する、中国なりの一つのメッセージともいえる。 

 

中国の観光地の賑わいも例年より少なめ?(写真:CFoto/アフロ)ギャラリーページへ     

 

 こうして竜の年の春節は、中国の西側社会に対する恫喝を含む、なんとも不穏なムードの中で幕があけた。春節休みに日本にくる中国人旅行者もずいぶん減った印象だ。一部報道によると、2019年比の4割くらいに減っているようだ。 

 

 今年の春節はなんか暗いねぇ、と知り合いの中国人や、中国とかかわりの日本人の友人たちに言うと、だいたい似たような返答がきた。 

 

「まあ、今はじっとがまんですよ。習近平体制が永遠に続くわけじゃないから」。そうして、また「除夕快楽!」というのだった。 

 

 そこではたと気付いた。「除夕快楽!」は大晦日を楽しく過ごそう!という意味ではなく、「除習快楽!」(習近平がいなくなったら楽しいのに!=「夕」と「習」の中国語の発音は同じ)という意味が込められているのだ。 

 

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。 

 

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(続く)